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通学路で米兵につかまれ服破れる 友人の被害胸に新基地に抗議

2020年10月22日 08:19

 1995年の米兵暴行事件に抗議するために集まった県民総決起大会から21日で25年がたった。あの日、複雑な思いで大会に参加できなかった女性(67)=うるま市=が、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前に立っている。ずっと話せなかった過去の記憶を胸に、沖縄の未来を願いながら「暮らしを守るため」と抗議を続ける。(社会部・光墨祥吾)

プラカードを持ち、ゲート前で声を上げる女性。「イデオロギーではない。暮らしを守るために、ここに来ている」と話す=15日、名護市辺野古

 50年前。定時制高校に通いながら、本島中部で友人と寮生活をしていた。肌寒くなったある日、帰りの遅い友人を、家の外で待っていた。午後9時半ごろ、友人は駆け足で帰ってきた。服の一部が破れ、腕には擦り傷が残っていた。

 部屋に戻り、鍵を閉め、現実を受け入れられない様子で話し始めた。人けの少ない通りで米兵に体をつかまれたこと、偶然人が通り掛かり男が逃げたこと、殺されると思ったこと-。通学路と聞き、恐怖が迫った。だがそれ以降、友人について何も聞かず、誰にも話さなかった。ふたをするように心に閉じ込めた。

 月日がたち、3人の娘に恵まれた。当時は深刻さを受け止めきれず、ただ沈黙した。だが母になり、家族という存在ができて考え始めた。「もし、家族に被害があったら」

 事件のことを考えると自分が保てなくなるようで、25年前の県民大会には、行きたくても行けなかった。その日は気を紛らわすため職場にいた。「一人の少女の尊厳を守れなかったことをおわびしたい」。大田昌秀知事の声はラジオを通し耳に入れた。集まった8万5千人の中にはいなかったが、「もう二度と」の思いは同じだった。

 だが、その後も米兵の事件は繰り返された。そして2013年12月、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の埋め立て申請が承認された。「基地を抱え続ければ、また事件が起きるかもしれない」。学生時代の記憶が、かけがえのない家族の存在が、60歳になった身を辺野古に向かわせた。

 いまは週に1度、ゲート前にいる。通い続けて7年。米軍関係の事件事故は絶えず、不安といら立ちが募る。未来はどうなるのだろう。子どもたちに胸を張れるだろうか。暮らしを、命を、守りたい。そのためにこれからも声を上げる。

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