沖縄県の大宜味村津波区在住の前田幸輝さん(81)が10~16日、那覇市の明治橋から大宜味村喜如嘉までの国道58号、90キロ以上の道のりを完歩した。75年前の沖縄戦の「10・10空襲」当時、那覇から大宜味まで歩いて避難した経験がある前田さんは基地のない平和な沖縄を願いながら、かつてと同じ道を再びたどった。16日午後、旧友や区民の出迎えを受けながら見事、喜如嘉公民館にゴールした。

7日間の旅を終え、区民らとゴールを喜ぶ前田幸輝さん(右から6人目)=大宜味村・喜如嘉公民館

 前田さんは那覇市出身。6歳の時に「10・10空襲」を経験した。空襲を避けて母親と妹、弟と一緒に両親のふるさとの村喜如嘉に避難し、しばらく滞在したという。

 今回の長い道のりでは、食事は主にコンビニや食堂でとった。「美浜のラーメンがおいしかった」と笑う。スマートフォンを使って、その日の到達場所に近い宿を当日に予約した。元大工で自宅も自分で建てたといい、「宿の建物や部屋の造りを見て楽しんだ」と話した。

 宿周辺の飲食店や居酒屋での夕食時は、おいしい食事や人との出会いを楽しんだ。出会った人が大宜味村出身者で話が弾んだり、初対面の人からお土産をもらったりした。「人との出会いに喜び、感謝する道中だった」と振り返った。

 大宜味村に入った16日朝、津波区民らに横断幕で迎えられ、塩屋区では沿道に応援団も集まった。村役場では宮城功光村長や職員が激励した。喜如嘉公民館では待ち受けていた家族や友人、知人ら多数が出迎え、ゴールを盛大に祝った。

 前田さんは「よく歩いたな、と思う。まだまだいろんなことができると分かった。これからやりたいことがたくさんある」とうれしそう。「次は石川県で行われる『能登雪割草まつり』で、亡くなった妻が好きだった曲『雪割草』を歌いたい」と意気込んでいた。

(倉持有希通信員)