元県議会議長で、自民党県連会長などを歴任した外間盛善(ほかま・せいぜん)さんが3日午後1時21分、八重瀬町内の病院で、右腎(うじん)盂(う)がんのため、死去した。83歳。豊見城市出身。告別式は7日午後2時から同4時、豊見城市高安560の1、公益社セレモニーホールとみしろで。喪主は妻順子(じゅんこ)さん。

外間盛善さん

 豊見城村議を経て、1980年の県議選で初当選して以降、7期連続の当選を果たした。2004年6月から06年6月まで2年間、県議会議長。「特例型・沖縄単独州を実現する県議会議員経験者の会」の会長も務めた。

 議長時代の04年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落。普天間飛行場の危険性除去のために党派を超え、沖縄がまとまる必要があると訴え、政府にオスプレイの配備撤回と普天間の県内移設断念を求めた「建白書」の実現を求める団体の発起人に名を連ねた。

 普天間の県外移設を掲げた自民党県連が県内移設を容認した際には「党本部のいいなりになったことは残念。有権者の理解を得られない」と批判していた。

 09年4月に旭日中綬章、16年11月に県功労者の表彰を受けた。