「この気持ち分かるなあ」。沖縄県内児童養護施設の入所経験者が答えたアンケート結果を見ながら、うなずいたり、ほほ笑んだり。NPO法人子どもシェルターおきなわが本島内で運営する「月桃(サンニン)」のスタッフ、屋良ふきこさん(28)は自身も中学1年の夏休み明けから高校卒業まで約5年半、施設で暮らした。(学芸部・新垣綾子)

県のアンケート結果を見ながら、児童養護施設での自身の生活を振り返る屋良ふきこさん=4日、本島南部

 小学2年の頃に両親が離婚。1歳上の兄と屋良さんを引き取った父は、暴力がひどく仕事も安定しなかった。家庭は困窮し水道、電気、ガスのライフラインが止まったことも。施設では父の「支配」におびえたり、明日の生活を心配したりすることはなく「家にいるより、恩恵が大きかった」。

 とはいえ、集団生活を窮屈に感じたことも数え切れない。好きなアーティストのライブへ行けず、深夜番組の録画もできない。友だちの家にも泊まってみたかった。「一つ一つは小さなことでも、それができるかどうかの積み重ねで、学校での人間関係が決まってしまう」と実感を込める。「あの子、施設にいるってよ」。時折、背後から聞こえる同級生の声にも傷ついた。

 それでも高校で信頼できる友人に出会い、アルバイトを始めるなど行動範囲が広がったことで劣等感は和らいだという。大学進学の際には、施設の担当職員が親身になって後押し。さまざまな人や制度につないでくれた職員のおかげで、学費や家賃の負担を心配することなく大学生活を楽しむことができた。「施設が、その子の全てを背負うべきだとは思わない。社会には多くの選択肢があることを示し、人脈づくりを手助けしてほしい」と望む。

 現在働く「月桃」は、行き場のない少女たちを受け入れる緊急避難先で、原則2カ月以内の滞在中に家庭復帰や自立を目指す。入所者の背景には、虐待や貧困のほか、親子関係の不調や本人の発達障がいなどが複雑に絡んでいることが少なくなく、支える難しさに苦悩しながらも、やりがいをかみ締める日々だ。

 「なぜ施設にいなければいけないの?」「どうして私たちをないがしろにしたの?」。ずっと抱えてきた父への鬱屈(うっくつ)した思いは、大学で福祉を学び、支援の現場に身を置く中で整理していったと振り返る。「温かい家庭環境があればそれに越したことはないけれど、それが全てじゃない。安心できる居場所や手を差し伸べてくれる大人たちの存在で、子どもの可能性はどんどん広がっていく」と信じている。