今帰仁村上運天出身で兵庫県尼崎市在住の金城末子さん(91)が10月20日、宜野湾市の国指定重要文化財「喜友名泉(チュンナーガー)」にまつわる歌碑を訪ねた。長女徳田英子さん(65)、次女金城美智江さん(62)=共に尼崎市在住=と喜友名区の知念桂子自治会長の案内で現地を訪れた金城さんは「戦前、戦中、戦後と集落の人々の命をつないだ泉(カー)の歌碑を訪ねたかった」と戦時中の経験を振り返った。

喜友名泉を訪れた(後列左から)知念桂子自治会長、金城末子さん、(前列左から)徳田英子さん、金城美智江さん=10月20日、宜野湾市喜友名区

 金城さんは兄、姉の3きょうだいの末っ子として生まれた。幼い頃から家族や家畜のためにと集落の村井戸(ムラガー)から水をくむつらい体験をしていた。

 名護市在住のいとこが兵庫にパイナップルを郵送した際、包み紙だった沖縄の新聞紙に喜友名泉の歌碑建立の記事が掲載されており、歌碑と自分のつらい経験が重なって涙したという。先祖の墓参りを兼ねて、場所は違うが自分と同じ経験を詠んだ碑を訪問しようとしたが、コロナ禍の影響で帰省がままならなかった。

 頃合いを見て喜友名公民館に電話をすると、知念自治会長から「大歓迎します。帰省の日にはミニデイでのカジマヤー祝いもありご招待します」との返事があった。

 ミニデイのカジマヤー祝いにも参加し、英子さんが空手を披露。カチャーシーではフロアで踊り、会場から大きな拍手が送られた。

 金城さんは16歳の時女子挺身(ていしん)隊として動員され、大阪で働いた。兄がフィリピンのルソン島で戦死した後、宝塚市にある美容院に就職。美容師免許取得に挑戦し、25歳で念願の免許を取得した。間もなく旧美里出身の睦市さんと結婚し英子さん、美智江さんが生まれた。

 1962年、睦市さんが不慮の事故で他界した後、一度古里に帰ったが、技術を磨くには都会がいいと再び大阪に居を移し、伊丹市に念願の美容院を開店した。現在は伊丹市の1号店を2号店の尼崎店に合併し、英子さんと美智江さんが経営を担う。金城さんは、尼崎市技能功労者と市制功労者表彰を授与されている。

 生前の睦市さんの信条は「沖縄の肝心を決して忘れるな」。金城さんも「ティビチ」「クーブイリチー(昆布炒め)」などの沖縄料理や年中行事を姉妹に伝えた。金城さんは「離れて長年たつが沖縄のことは決して忘れない。碑を見ることができて満足。皆さんありがとうございました」と感謝した。(翁長良勝通信員)