1990年の暴力団「旭琉会」の内部抗争で、アルバイトの作業中だった男子高生=当時(19)=が暴力団組員と間違えられ射殺された事件から22日で30年がたつ。翌23日には私服で警戒中だった警察官2人が同じく誤射され死亡した。警察官殺害を指示した実行犯の1人は今なお消息不明で、県警の捜査が続く。一方、昨夏に県内唯一の指定暴力団旭琉會会長だった男性が死去し、トップ不在の状況にあって抗争再燃も懸念されている。

沖縄署構内に建立された警官2人の慰霊碑

 県警組織犯罪対策課は、警察官殺害の実行犯の1人として全国指名手配中の容疑者の行方を追っている。ただ、2000年10月には京都府内の病院で末期ガンの診断を受けていたことから、既に死亡しているとの見方が強い。

 県警は容疑者死亡のまま殺人容疑で書類送検するべく捜査を継続するが、「死亡したという確証がつかめていない」として難航している。また当時の暴力団関係者が「半分以上亡くなっている」という状況もあり、捜査を難しくしている。

 県警は2018年11月、当時捜査車両に乗車し警戒中、暴力団員と勘違いされ射殺された警部=享年(43)=と警部補=享年(42)=の慰霊碑を沖縄署構内に建立し、事件解決と再発阻止を誓った。

 県内暴力団組織をまとめてきた男性が2019年7月12日に死去したことで、県警は内部抗争の再来を警戒する。死去から1年以上経過する今も後継が決まらない状況に、県警幹部は「治安組織として最大の懸案事項。あのときの抗争事件が風化することがあってはならない」と強調した。

 [ことば]1990~92年の暴力団「旭琉会」の内部抗争

 当時の三代目旭琉会と沖縄旭琉会の抗争。高校生射殺事件や2警察官殺害事件、手製爆弾航空機持ち込み事件など民間人を巻き込んだ事件が相次ぎ、7人が死亡、13人の負傷者を出した。警察庁は全国から警察官約600人を派遣、計220人を摘発した。同抗争が主な契機となり92年に暴力団対策法が施行された。