本土で重機のオペレーターとして働き、2008年に沖縄へ帰ってきた。それから12年間、読谷村で紅イモ農家として働く。 去年はサツマイモ基腐病(もとぐされびょう)に苦しめられ、年間19トンほどある出荷量が15トンに減少した。