沖縄のオジーとオバーが、昔から伝わる「ウチナーグチ」(沖縄語)を守り伝えようと、立ち上がった。沖縄語普及協議会(當眞嗣伎会長)は、クラウドファンディングで活動費の支援を募っている。組踊や琉球舞踊、エイサーでも使われ、沖縄文化の礎ともなっているウチナーグチ。若い世代を中心に話せる人の減少が続き、消滅の危機にひんしている。同協議会は、地域の教養講座や、小学校の勉強会などに講師を派遣するなど、地道な活動を続けている。ただ、衰退に歯止めはかからず、當眞会長は「ウチナーグチを次世代につなぐため、多くの協力をいただきたい」とクラウドファンディングに望みを託す。

■沖縄の文化を受け継いできたウチナーグチ

 沖縄には各地域で受け継がれてきた言葉がある。島ごとの言葉という意味で「しまくとぅば(島言葉)」と呼ぶ。

 県によると、しまくとぅばは、ウチナーグチの沖縄語のほか、国頭語、宮古語や八重山語、与那国語の5種類に大別される。ただ、「しまくとぅばは集落ごとに少しずつ異なっており、細かく分類すれば200種類はあるとされる」(當眞会長)という。

 それぞれの地域の言葉で、生活習慣や暮らしの知恵を受け継ぎ、行事や祭りでは歌と踊りに合わせて自然への願いや思いも伝えてきた。當眞会長は「言葉は文化遺伝子。地域の言葉が滅びるということは、これまで培ってきた文化、歴史まで失ってしまう」と危機感を持つ。

 しまくとぅば衰退のきっかけは、19世紀後半に明治政府が強制的に沖縄県を設置した「琉球処分」。日本国の一員として、標準語が励行され、しまくとぅばは使用が制限された。

教養講座で講師を務める當眞会長

 学校で使うと罰として「方言札」を首に掛けられ、太平洋戦争中は旧日本軍がスパイとみなすなど抑制され続けてきた。當眞会長は「しまくとぅばを使うことに対する卑屈感を持たせる風土が作られ、今でも継承の足かせになっている」と指摘する。

 戦後や1972年の祖国復帰後も話す機会は減っていき、衰退が続いてきた。