趣味の編み物が質の高いリハビリとなっている。南城市大里仲間に住む宮城スミ子さん(87)は、8年前に脳梗塞で倒れて右半身が不自由になったが、毎日毛糸を編むことで徐々に手先の器用さを取り戻してきた。数カ月前から娘の経営する店に食器洗い用たわしを卸し始め、販売することを生活の張りとする。「自分のお金で肌着ぐゎーとか靴下を買うのが楽しみ」と満面の笑みで胸を張る。(南部報道部・松田興平)

自宅で編み物をしながら笑顔を浮かべる宮城スミ子さん=11月19日、南城市大里仲間

 愛らしい表情で周囲を引き付ける宮城さんは苦労の多い人生を送ってきた。沖縄戦で両親を亡くし、同郷で3歳年上だった夫・良雄さんは46歳で事故死。順風だった夫の建設会社は手放さざるを得なかった。会社と並行して営んでいた豆腐屋、養豚業などで家計を支え、7人の子どもたちを育てた。

 宮城さんも疲労がたまり、夫を亡くした1年後に甲状腺の病気を抱えた。でも、振り返る顔は「楽な時なんてなかったよー」と朗らかだ。

 人生の谷間が80歳前に再び訪れた。脳梗塞で倒れて右半身が不自由になり、ろれつがうまく回らなくなった。

 家族や友人たちが日替わりで見舞いに来て、大好きなおしゃべりを楽しんでいるうち、会話は少しずつ滑らかになった。若い時から得意だった編み物もリハビリの一環で再開。当初は編み棒を持つのもやっとだったが、細かな手先の動きが勘とともに戻ってきたという。

 今では手元を見ずに編み上げる。「テレビ番組を見ながらラジカセで民謡を聞いて、誰かと話しながら編む」と生活の中に作業が溶け込む。

 今では市内で飲食店を営む三女の新垣加代子さん(59)が店の一角で、スミ子さん手製の食器洗い用たわしを販売。自身の店に卸すよう提案した加代子さんは「編み物を売ったり、友人たちに贈るようになったりして、おしゃべりも絶好調。元々商売人だから仕事になってさらに熱心になった。現金収入が一番のやりがいになると思う」と母親の気質を説く。

 宮城さんはその説明に重ねるように「家族と健康が一番。お金はその次よー」と笑顔で強調した。

 商品は市大里の「いなりとチキンの店ビオ」で販売。問い合わせは同店、電話098(944)4191。