[基地の隣で 普天間第二小 ヘリ窓落下3年](下)

タクさんのスマートフォンに今も残る窓枠の写真=11月25日、宜野湾市の普天間第二小

 普天間第二小の教員、タクさん(50)=仮名=のスマートフォンには、3年前に撮影した画像が今もある。運動場に落ちた窓枠、砕け散ったアクリル板、フェンス沿いに立って学校の様子をうかがう米軍のMP(憲兵隊)の姿。

 タクさんは、「ヘリから何か落ちました!」という事務員の知らせで職員室から飛び出したが、スマホを取りに戻り、再び走った。子どもたち54人と先生が避難し、静まり返った運動場。警察を待ちながら次々シャッターを切った。

 そのさなか、CH53E大型輸送ヘリが飛んできて、学校上空をぐるりと2度旋回した。2度目の旋回は1度目より小さな円で、かつ低空。「このまま運動場に着陸するんじゃないか。窓枠を取り返そうとしているんじゃないか」。タクさんの脳裏に、米軍が構内を封鎖した沖縄国際大学のヘリ墜落事故や、牧草地の土を持ち去った東村高江のヘリ炎上事故がよみがえった。

 窓落下後、第二小には運動場とプールにコンクリート製の「シェルター」ができた。学校だと知らせる赤いランプが敷地内5カ所に立てられ、監視カメラとモニターが設置された。年1回は、事故を想定して全校児童で避難訓練をする。世界情勢が緊迫した時期、職員室のテレビを付けっぱなしにして警戒したこともある。

 「これじゃ、いつ爆弾が飛んでくるか分からない紛争地域の学校と同じですね」。大学教授にそう言われた時、タクさんはうなずくしかなかった。

 「子どもたちの成長が楽しみで教師になったのに、それ以前に命の心配をしないといけない。お父さん、お母さんたちだって、いつまた子どもの無事を祈って震えながら迎えに来ないといけないか」

 第二小には米国人と日本人の間に生まれた児童もいる。その1人が昨年、作文に書いた。「自分も半分アメリカの人だから、自分もわるいのかなあと思うときが(窓落下の)12・13です」

 タクさんは心を痛めた。沖縄に基地があるのは国の政策。政策を決めているのは政治家。それについて自分なりの考えをいつか持てるように「まずは事実を受け止めてほしい」と言葉を選ぶ。

 「この学校に窓が落ちたのは事実。目の前に基地があるのも事実。なんとかしないといけないと思ってるんですが…。子どもたちにずっと我慢を強いて、本当に申し訳ない」。苦しい12月13日が今年もやってきた。

(中部報道部・平島夏実)