沖縄県内の大学生ら若い女性たちの進路設定やキャリアアップを応援する団体「IAm(アイアム)」が主催する3回目の交流カフェが13日、那覇市のhowlive(ハウリブ)タイムスビル店であった。マスコミ志望の学生や現役記者らを対象にした今回は、NHK沖縄放送局の西銘むつみ記者が沖縄タイムス社の与那嶺一枝編集局長とともにゲストで招かれ、記者の醍醐味や沖縄の問題を伝える工夫などについて語った。同団体の阿部藹(あい)さんのコーディネートで、参加者が活発に意見交換した。

メディアの仕事について、トークを展開する参観者たち
NHK沖縄放送局記者の西銘むつみさん

 西銘記者は同志社大(京都)を卒業後に1992年にNHKに入局し、沖縄放送局での勤務は通算25年になる。「数少ないウチナーンチュとして私にしかできないこと」を追い求め沖縄戦や戦後処理問題を手掛ける一方で、学校行事や展示会といった「小さな街ネタ」も大切に扱ってきたという。


 全国放送で基地問題などの解説を務めた際、沖縄の視聴者から「生ぬるい」と苦言を受けたこともあると明かす。それでも「基地や沖縄戦報道では視聴率が取れない」と敬遠されがちなテレビ業界の中で、「本土にいて、沖縄に関心がない人たちをいかにして振り向かせるか」という視点で試行錯誤。タレントの篠山輝信さんがレポーターを務める朝番組の特集「アッキーがゆく!もっと知りたい沖縄」は、旅企画を通して基地や沖縄戦を巡る人々の思いに触れる試みだったという。

沖縄タイムス編集局長の与那嶺一枝さん

 与那嶺局長は琉球大卒業後、就職浪人を経て90年に3度目の挑戦でタイムスに入社した。社会部や中部支社、政経部などで記者やデスクのキャリアを積み、2年前に日本新聞協会加盟社では唯一の女性編集局長に就いた一方で、うつ病で苦しんだ経験を持つ。くらし報道班キャップに就いた40代の頃、仕事が思うようにいかない悩みと父親の死が重なって心のバランスが崩れ5カ月余り休職した。

 その時に付け始めたのが、やってきた仕事や家族、同僚らとの関係を振り返る日記だったという。「自己肯定感が低かったが、自分は結構頑張ったよねと思えるようになった。転んでもただでは起きないという気持ちになり、周りからも『生き方が変わった』と言われた」と振り返る。その後、連載「生きるの譜」で元ホームレスの人たちに焦点を当てたことについて「復職できた私がすべきことは何か。失敗を許さない社会は違うだろうと訴えたかった」と語った。

 ともに今よりもずっと女性記者が少ない男性社会の中で、キャリアをスタートさせた二人。フロアからは女性ならではの苦労や、若者の政治参加が進まないことに対する意見や質問が上がった。

 与那嶺局長はパンツスーツに大きめのカバンを持つなど、見た目から男性に負けないよう気負っていた過去を回顧しながら「いっぱいチャレンジして、いっぱい失敗してほしい」「皆さんはやろうと思ったらいろんなことができる」とエールを送った。西銘記者はメディアで働く女性の割合が増え「政治記者が一番」といった意識もなくなってきているとし、「亀のような歩みでも、おかしいという直感を信じて30年続けていれば変わったこともたくさんある。価値観が多様化した時代、固定概念に縛られず、それぞれが輝ける場所で輝いてほしい」と呼び掛けた。

 参加した琉球大法文学部4年の伊藤恩希(うんひ)さん(23)は、熱心にメモを取りながら聞き入っていた。来春に熊本日日新聞社(本社・熊本市)に入社予定で「これまでを振り返り、自分を知ることは大事なんだと思った。自分ならではのできることを探していきたい」と感想を話した。


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「IAm」を立ち上げた阿部藹(あい)さん

 「私は私。自分らしく輝こう」ー。そんな願いが込められた「IAm」は、国際人権法研究会のメンバーで2015年に当時の翁長雄志知事が国連でスピーチした際に同行した阿部藹さん、県基地対策課での通訳などを経て現在はフリーの翻訳者として活動する真栄田若菜さんが立ち上げ7月に本格始動した。10~30代の学生や社会人の女性らを対象に、将来設計のヒントや多様な価値観を伝えるワークショップや講座などを開いている。


 沖縄タイムス社のクラウドファンディングサイト「LinkーU(リンクユー)」で活動資金を募るプロジェクトを実施中。目標額は30万円で、支援の締め切りは来年2月26日。リンクユーはこちらから。