コザ騒動から50年がたった20日、騒動発生前後の旧コザ市照屋にかつて存在した「黒人街」の視点から騒動を考えるイベントが、沖縄市照屋の銀天街プラザで開かれた。

コザ騒動。道路に横たわるおびただしい黒こげの車の残骸が騒動の激しさを物語っていた

コザ騒動で炎上する米軍関係者の大型乗用車

沖縄市にあった「黒人街」について語る池原えりこさん=20日、沖縄市照屋・銀天街プラザ

コザ騒動。道路に横たわるおびただしい黒こげの車の残骸が騒動の激しさを物語っていた コザ騒動で炎上する米軍関係者の大型乗用車 沖縄市にあった「黒人街」について語る池原えりこさん=20日、沖縄市照屋・銀天街プラザ

 コザ騒動では、黒人の車両には危害を加えなかったなどの証言が紹介され、米軍統治下で人権侵害に苦しむ沖縄住民と米国で人種差別を受ける黒人の間にあった連帯感について、参加者らが語り合った。

 銀天街で「コザXミクストピア研究室」を開いている主催者の池原えりこさんは、騒動から数日後、在沖米軍基地で働く黒人の米兵らが「沖縄の人々は米軍支配下で不当な扱いを受けている」との内容のビラを作成したと説明。「基地の兵士という『権力側』との矛盾を抱えた上で、両者は連帯していた」と評した。

 ことし全米に広がった人種差別に反対する運動「ブラック・ライブズ・マター」については「人間としての平等性を主張したものであり沖縄の『命どぅ宝』と共鳴している」と話した。