2021年が始まった。

 当たり前の日常が奪われるという、かつてない困難の中での船出である。

 ちょうど1年前、この欄で沖縄観光が1千万人という新たなステージに入ったことを書いた。猛威を振るう新型コロナウイルスの影響で、20年は400万人割れの空前の落ち込みが予想されている。

 政府によって昨年4月に緊急事態宣言が出され、その後、県独自の緊急事態宣言が2度発令された。

 人の移動が大きく制限されたことで、観光を柱とする県経済は大きな打撃を受けた。雇用環境の悪化は家計を直撃し、非正規労働者やシングルマザーら立場の弱い人たちを追い込んだ。

 「こんなはずじゃなかった。未来が見えない」

 運送業で働く夫の収入が激減し、貯金も底をつき、日々の生活にきゅうきゅうとする、若い母親が発した言葉だ。まだ幼い息子の食事を優先し、本人は1日1食で我慢しているという。

 非正規を中心にコロナによる解雇や雇い止めも目立ってきた。低所得層ほど影響は深刻だが、有効求人倍率が全国最下位の沖縄では再就職もままならない。

 「このままでは世代ごと未来が奪われる」

 親の失業やアルバイト先の休業で学費が払えなくなり、学業継続への不安を訴える大学生たちの声である。

 懸念されるのは「ロックダウン世代」と呼ばれ、学業の中断や就職機会の喪失による不利益を将来にわたって引きずることだ。

 雇用調整助成金など国の支援策は春以降、縮小されていく。何とか踏ん張ってきた中間層にも「没落」の危機が迫っている。むしろ暮らしへのダメージが表面化するのは、これからかもしれない。

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 未来をどうつくっていくか。

 浦添市でバイクの販売・修理業を営む宮城正和さん(32)は、少年時代の体験から、お米を送る活動を個人で始めた。コロナ禍で困窮家庭が増えていると知り、子どもたちがどうしているのか居ても立ってもいられなくなったのだ。

 中学生の時に両親が離婚。母親と暮らすも、母親は夜の仕事に行ったまま帰宅しない日が続いた。その頃、空腹に耐えかねて万引にも走った。

 中学卒業後、1人暮らしを始めた。収入が安定せず、電気もガスも止められ、水道水だけで3日過ごしたことがある。「暗闇の中で水だけ飲んでいると、死しか頭に浮かばなかった」

 悪さを繰り返し少年院に入ったが、3食食べられることがありがたかったという。親身になって励ましてくれた警察官との出会いが、今につながっている。

 昨年5月以降、送った米は5キロ換算で約860袋。フードバンクや子ども食堂などに自ら出向いて届けている。

 忘れないようにしているのは、お菓子の詰め合わせを添えること。「その瞬間、子どもが笑顔になる」と、うれしそうに話した。

 都市化や核家族化で地縁、血縁といったつながりが薄れ、困窮家庭のSOSが見えにくくなっている。助けを求めるのをためらう人も少なくない。

 宮城さんが取り組む食の支援、定着しつつある子ども食堂、広がりをみせるクラウドファンディングなど、新たな縁を紡ごうとする活動は一筋の光だ。その光が幾重にも重なることで社会は強くなる。

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 菅義偉首相は目指す社会像として「自助・共助・公助」を掲げる。

 コロナの影響の広がりを考えれば、今、優先すべきは公助である。

 ウィズコロナの時代をどう生きるか。専門家が提言した「新しい生活様式」に加え、国民の命や生活を守る「新しい政治」が必要だ。

 弱い立場にある人が最も大きな影響を受け、取り残されるという、脆弱(ぜいじゃく)性を放置しない政治を今こそ実現したい。

 玉城デニー知事は県政運営の柱に「誰一人取り残さない社会」を据える。

 掲げた以上、掛け声倒れに終わらせてはならない。理念を具現化する政治責任がある。