—— 「BEGINの名曲10曲とともに振り返る30年」という趣向で沖縄音楽旅行編集部で楽曲をセレクトしました。それぞれの曲について話を伺います

◆BEGINフィルターを通してできたあの曲

—— まずは、1990年3月21日にリリースしたデビュー曲「恋しくて」

『音楽旅団』1990年6月23日発売

島袋 BEGINはハードロックとか好きだったんだけど、結成した当初は打ち込みみたいなこともやってた。でも、「やっぱり3人でアコースティックでブルースをやろうぜ」ってことで作ったのが「恋しくて」。ロック、ブルース、そして歌謡曲……、それぞれがいろんな音楽を聴いてて、体に染み込んでた。そんなBEGINのフィルターを通して出てきたのが「恋しくて」です。この曲でまさかデビューするなんて全く思ってなかったよな。初めて作った曲だったし。今だにこの曲はライブでもやってます。

—— 続いては、BEGINとして初の島唄。同郷の音楽仲間、大島保克が歌った1993年11月26日にリリースの「イラヨイ月夜浜」

比嘉 僕らが島唄をやるキッカケとなった曲ですね。同級生に大島保克がいて、ひとつ先輩に新良幸人がいて。高校の時から彼らのステージも見てたし、僕らはロックをやっていたので、島唄は手を出してはいけないという暗黙の約束事のような、そんな気分でした。でもヤスー(大島保克)のデビューが決まったときに、電話があって「栄昇、曲を一緒に作らんか」ということで、できたのが「イラヨイ月夜浜」なんですよ。ヤスーに歌ってもらえるだけで嬉しくてその想いだけで作ったんです。その後、BEGINが島唄という道を切り開いていくんですけど、この曲が導いてくれたんですよね。この歌とヤスーに感謝してます。

—— 3曲目は、1998年6月24日リリースのアルバム『Tokyo Ocean』に収録されている「防波堤で見た景色」。ブルースでありながら沖縄の景色が広がる名曲です

上地 この曲もBEGINの活動の中でひとつのキッカケになった歌なんですよね。実はこの曲の歌詞は、栄昇が歌詞制作のためにひとりでニューヨークに行って書いたものなんです。ビリー・ジョエルのような都会的な歌詞を書いてくるかなと思ったら、石垣への想いが詰まった詞だった(笑)。とてもいい歌詞で日本に帰って、メロディーをつけて「防波堤で見た景色」が誕生しました。この曲は、大阪のFMラジオ局802で取り上げてくれて、大阪方面から広がった歌でした。

—— 結成10周年の2000年7月21日にリリースした『ビギンの島唄 〜オモトタケオ〜』。このアルバムには第二のBEGINのスタートとも言えるBEGINの島唄の名曲が目白押しです。そのなかからまずは、「涙そうそう(三線バージョン)」

『ビギンの島唄~オモトタケオ~』2000年7月21日発売

比嘉 森山良子さんだけを思って作った曲なんです。良子さんがやってたラジオ番組の何周年かの企画で曲をコラボして作ることになったんです。でも当時、良子さんは長野オリンピックなんかがあって、制作スケジュール的にとてもタイトだったんですよね。そんなタイトなスケジュールの中、僕がラララでメロディー歌って最後だけ「涙そうそう」とカセットテープ吹き込んで、「涙そうそう(仮)」と仮タイトルを書いてお渡ししたんです。BEGINの3人と、この歌に歌詞をつけた良子さんとで初めてリハーサルで合わしたときに、良子さんが涙ぐんだりしていたんです。「これは、何かが起こっている」というふうに感じました。

—— 僕ら世代(40〜50代)が胸を張って「俺たちの島唄」と言える名曲、「かりゆしの夜」 

島袋 BEGINが『琉球フェスティバル』とかに呼ばれるようになった当初、やる曲がないわけ。だから当時、紫の「DOUBLE DEALING WOMAN」とかをアコースティックで演奏してたりした(笑)。ヤスーと幸人と曲を作ろうということになって、みんなで集まって話ししてた。沖縄の囃し言葉「イーヤーサーサー」がいろんなところで使われているのに、メロディーをつけている人がひとりもいなかったんですよ。それで、どうしてもサビで「イーヤーサーサー」にメロディーをつけて歌いたいと思って生まれたのがこの曲。石垣の旧盆といえば、エイサーではなくアンガマなんです。だからエイサーに憧れがあって、エイサーでも歌える曲になったらいいなと、夢見て作った曲なんです。それがほんとにエイサーでも使ってくれるようになって、嬉しいです。