■両親へのカミングアウト

信仰とセクシュアリティー。「どちらも大事にしたい」と語った沖縄出身の牧師、平良愛香さん=昨年12月26日、横浜市・日本基督教団川和教会

ー両親にはどのようにカミングアウトしたのですか。

 愛香さん「群馬の短大を卒業して、牧師になろうと決意した時にカミングアウトしました。24歳の時だったと思います。沖縄に帰って話をする前に両親に電話して、『うれしい報告とショッキングな報告があります』と伝えました。いざ実家に帰ると、牧師の父も母も報告する前からニヤニヤ。牧師になることを伝えると、父は『そうだってね~』とうれしそうでした」

 「2つ目の報告で『ゲイです』と伝え、『カミングアウトして牧師になろうと思います』と言った時、両親は絶句しました。そこには『そうだってね~』とは返ってきませんでした。僕はこの頃までに何人かにカミングアウトしていましたが、みんな丁寧に受け止めてくれました。両親は僕がゲイであることをまったく気付いていなかったようです」

 「母からは『質問が2つあります』と言われました。『それは育て方に原因があるの?』と聞いてきたので、僕は『なかったと思うよ』と答えました。『もし育て方に影響を受けたとしたら、自分らしく生きなさいと言われていたから、自分が同性愛者だと気付いた時に同性愛者として生きていこうと決断ができたと思うよ』と話しました。次に『それは治らない?』と聞かれたので、僕は『治る・治らないと言われると、異性愛が正常で、同性愛が異常となるので、その質問には答えられません。ただ、異性愛に変わる可能性はないのかとの質問には答えられる』と話しました」

 「母は質問を訂正して『異性愛に変わる可能性はないの?』と聞いてきたので、『無いと思うよ。もう25年近く同性愛者で生きてきたから。いまさら変えられるとしても、これは僕の大事な部分だから、変えたくない』と言いました。母は当時の話をされると嫌がると思いますが、『あなたがカミングアウトして牧師をするんだったら、これ以上苦しむのは見たくないから、私が死んでからにして』と言いました。その後すぐ『やっぱり今の撤回!』と続けたんです。たぶん、そんなことを言うべきではないと、とっさに思ったのでしょうね。『あなたがそうやって生きていこうっていうんだったら、親として応援したいから勉強させてほしい』と言われて、この日は遅くまで母と2人で話し込みました」

 ーカミングアウトして、すぐその日でそうなったんですか。お母さんすごいですね。

 「母は、すごく切り替えが早かったです。その時に受け入れたかどうかは分かりませんが、応援したいと言われたことがうれしかった。母は一瞬のうちに、いろんなことが駆け巡ったみたいです。それから随分と後のことになりますが、母は『うちの子どもたちの中で、愛香が一番何考えているかわからなかった。一番遠くに感じていたけど、愛香からカミングアウトされて、いろんなことを知っていく中で、全部つじつまが合ってきた。だから今までで一番、愛香を近くに感じる』って言われました。母は『私は嬉しいの』って言って、あのTシャツを作ったんですよ。黒地に銀色の文字で『わたしの自慢の息子はゲイです』と書かれたTシャツです」