■父の理解

 ーお父さんは理解されたのですか。

 愛香さん「父は時間がかかったんですよ。丁寧な人なので、ゲイであることを頭ごなしに否定する人ではないんですけど。カミングアウトした夜は、僕と母が一通り話したことを、じっと横で静かに聞いていました。もう遅いので寝ましょうとなった時、父は何のコメントもないまま寝室に入っていきました。その夜、父が何を考えていたかは全然知りません。翌日、2人で家の近くの佐敷の海辺を散歩したんです。子どもの頃いつも、ちんぼーらー(貝)を捕っていた場所です。父は歩きながら『昨日、愛香があまりにもびっくりするようなことを言ったので、神学校に行くと言ったことに対する応答すらできなかった。あらためてオメデトウと言いたい』と祝福はしてくれました」

 「でもその後、『愛香がね、自分のことをゲイだというのは、まだ素晴らしい女性に出会っていないから、そういう風に自分のことを思っているんじゃないかなと父親としては受け止めたい。なので、素晴らしい女性に出会えるように祈ろうと思う』と言われました。僕は『どうぞどうぞご自由にお祈り下さい』と思ったのを覚えています。父を変えたのは、母でしょうね。父が『愛香はいつすてきなお嬢さんと出会えるのかな』みたいなことを言おうものなら、母は『愛香はゲイなのよ。いつまでそんなこと言ってるの』と諭していました」

 ーそんなすてきな両親について。

 「母には、いろんな本を送ってあげました。あんなTシャツをつくって、やりすぎ~と思いながら、ものすごい味方が近くにいて、とても心強いです。僕は神学生になると同時に、人権団体『動くゲイとレズビアンの会(現在はNPO法人アカー)』のメンバーになりましたが、ほどなく母も会員になりました。特に誘った覚えもないんだけどね。父は最初から味方だったというわけではなかったけれど、だんだん味方になったんでしょうね。いまではよき理解者です」

■カミングアウトして牧師に

LGBTなど性的マイノリティーへの理解を深めるプライドパレードに参加した時の平良愛香さん(提供)

 ーカミングアウトして牧師になったのは、愛香さんが初めてなんですか。

 「そうらしいですね。カミングアウトしていない牧師はそれまでもいたので、厳密に言えば、僕は同性愛者で初めての牧師ではないんです。また、僕がカミングアウトして牧師をする3カ月くらい前に、すでに牧師になっていた友人の堀江有里さんが、レズビアンということをカミングアウトしていました。カミングアウトした牧師は堀江さんが第1号。僕の場合は、カミングアウトして牧師になった第1号ですね」

 ーどのような牧師になりたいと思ったのでしょうか。

 「キリスト教は同性愛を禁止していると信じ込まされていました。でもある時期、それに対して必ずしもそうとも言えないという論文などが欧米で発表されるようになりました。キリスト教の信仰と同性愛者というセクシュアリティーのどちらかを捨てなければいけないと長く悩んでいたのですが、そういう論文を読む中で、どちらも自分の中で大事だってあらためて思いました。どちらかを捨てないといけないというわけではない。両方大事にしていけるんだということに気付きました。どっちか捨てないといけないと思っている人に、それを伝えたいと思いました」

 「子どもの頃から父の仕事を見ていたので、実は牧師にはなるまいと思っていたんですよ。一生懸命丁寧にやっても伝わらない相手もいるし、誹謗中傷を受ける時もある。どう喝されることもあるし、365日働きっぱなし。そんな職業と知っていたので僕には無理だと思っていましたが、セクシュアリティーと信仰とどっちも大事だと言ってくれる牧師が必要だと決意したんです。せっかく自分が悩んできたのだから、僕がなってもいいのかなと」