知花弾薬庫(現嘉手納弾薬庫)の毒ガス第1次移送を取材した沖縄タイムス元記者の玉城眞幸さん(79)は、住民と同じ立ち位置で取材するため、ほかの同僚と共に米側から義務付けられた防毒マスクの着用を拒否した。今なお続く基地被害に「米側の県民軽視の姿勢は変わらない」と警鐘を鳴らす。

毒ガス移送当時の取材を振り返る玉城眞幸さん=7日、南風原町
防毒マスクの着用義務を拒んだ記者の思い 50年前に米軍の毒ガス移送を取材
有料この記事は有料会員限定です。会員登録すると、続きをお読み頂けます。
※ 無料期間中に解約すると、料金はかかりません。
※ 無料期間中に解約すると、料金はかかりません。
残り517文字