10月25日、山田さんはウチナーンチュ大会でブラジルから来沖した新川幸子さん(80)を、その場所に案内した。幸子さんは新川さんの弟、故・浩良さんの妻で義理の妹にあたる。「この年だからいつまでも来られない」と懸念した山田さんが「ぜひ見せたい」と持ち掛け、来沖がかなった。

 そこまで考えたのは、新川さんの遺族が55年にみんなブラジルに渡ってしまい、沖縄で供養する人がいないからだ。山田さんを取材する仲里正雄さん(68)と協力し、幸子さんの所在を数カ月かけて突き止めた。

 この日、新川さんのいた壕に向かって手を合わせた幸子さん。「子、孫の繁栄を見守ってくれて(新川さんの母の)ツルおばーも心から喜んでいる」と静かに語り掛け、山田さんに感謝の思いを伝えた。山田さんは「当たり前のことをしただけ」と控えめに笑う。そんな2人が時間を過ごすうち、一中学徒隊資料展示室にもなかった新川さんの遺影がブラジルの家で飾られていると分かった。

 遺影はすぐに留守を預かる家族からメールで届き、現像した写真が2日、同資料室に収められた。自らの手で遺影を設置した山田さんは「浩造と別れた所を、やっと案内できたことが一番うれしい。本当にほっとしている」と繰り返し、頬を緩めた。