「経済再興への道 コロナ禍の挑戦」(1)

 「マーケットの変化に敏感であれ」。2020年4月、JTB沖縄の社内に杉本健次社長の訓示が響いた。新型コロナウイルスが広がり、人の移動が制限された世界。1月以降、旅行需要は減少の一途をたどっていた。直前の3月。クルーズ船客向けにツアーを販売する部署が、静まりかえっていた。入港に合わせ人がドタバタと出入りする、社内でも有数の多忙なエリア。日常だと思っていた職場の風景が、あっという間に変わってしまった。

コロナ以前の課題が顕在化

 JTB内で新規事業を担当する、沖縄バリューアッププロジェクト。石川憲事業開発担当マネージャーは焦っていた。「新しい切り口で、価値のあるサービスが始められないか」。

 テレビでは、コロナ禍でも好調の企業が特集されている。インターネットでもライブやイベントが開かれている。「人を動かせない、何もできない自分と、少しずつ新しい価値観で動く世界とのギャップ」。悔しさや焦りが募った。

 楽天トラベルやじゃらんなど、インターネット専業のOTA(オンライン・トラベル・エージェント)の台頭で、既存の旅行社は劣勢に立たされている。成長するため、何ができるか-。コロナ以前からの課題でもあった。

 鍵となったのは他社、それも異業種の企業を巻き込んだ連携だった。「新しい市場を、10年後のビジネスをつくる」。半年に及ぶ挑戦が始まった。

デュアルライフ

「うちもこんな働き方ができればなー」。新型コロナ拡大前の2019年夏。JTB沖縄の石川憲事業開発担当マネージャーは、デュアルライフ(2拠点生活)を勧める大手不動産情報サイトを見てつぶやいた。働き方改革関連法案が施行され、会社以外で働く「リモートワーク」、旅行先で仕事する「ワーケーション」が徐々に浸透していた。

 自身も三重県に住む家族と離れ、沖縄へ単身赴任中。「テレワークにビジネスチャンスがあるかも」。漠然と考えていた。

 その年の秋、杉本健次社長から、コワーキングスペース「ハウリブ」を運営するマッシグラの金子智一社長を紹介された。新事業の芽が出るかと思えた直後、新型コロナが発生。連携はいったん白紙になった。

在宅勤務ヒント

 第1波が収まりかけた20年5月中旬。約1カ月半の緊急事態宣言を経た社会は、ビデオ会議システムで自宅から仕事する働き方が珍しくなくなった。「今こそ、ワーケーションにトライしよう」

 航空券と宿泊をセットにし、執務スペースの利用権もつけた旅行商品に-。ここまで考え、はたと手が止まった。「自分なら航空券はマイルを使いたい。航空会社のホームページで早めに買うのが一番安い。旅行社を通すほど価値を感じるだろうか」。月に1度は三重で「在宅勤務」するからこそ、得た気付きだった。

 働きながら休暇も楽しむからこそ、自由度を高めるべきではないか。出した結論は航空券と宿泊のセットではなく、沖縄滞在に焦点を当てた包括的なサービス。滞在中はコワーキングオフィスで働き、仕事後のサイドトリップ(余暇旅行)で使える航空券を入れた商品を組み立てよう。定額会員制のサービス「Re:sort@OKINAWA(リゾート・オキナワ)」の構想が固まった。

 年会費3万円の会員になると、那覇と離島を結ぶJTAの航空券3便分が無料になり、コワーキングスペース「ハウリブ」や手荷物の当日配送サービスなどが使える。

ゼロからの一歩

 事業パートナーとして、日本トランスオーシャン航空(JTA)とマッシグラに話を持ち掛けた。「失敗してもいい、とにかくやってみよう」。前のめりに進めた。自信もあった。「好きな場所で働けるのがワーケーション。沖縄が他の地域に負けるはずない」

 3社で月2~3回の会議を重ね、8月には急ピッチでシステム開発が始まった。

 迎えた11月12日。「コンセプトは『日常に沖縄を』」「従来の観光旅行とは異なる旅の楽しみ方や新たな価値を提供したい」。サービス開始の記者会見で、JTB沖縄の水迫力取締役が宣言した。

 「ゼロから始める一歩目だ」。新たな市場を開拓する覚悟とともに、一筋の光が見えてきた気がした。ただ、新市場の開拓は、想像以上に困難を極めた。社風も業種も異なる企業との連携は、未経験の領域。加えてコロナは、三度目の猛威をふるい始めた。

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 新型コロナウイルスの感染拡大で、大打撃を受ける沖縄経済。先行きが不透明な中、再興へ試行錯誤する企業を追う。(政経部・川野百合子)

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