[東京報道プラス][アクロス沖縄](145) 事件現場清掃人 高江洲敦さん(49)=浦添市出身

「事件現場清掃人」の仕事について語る高江洲敦さん=横浜市内

昨年12月に出版した著書「事件現場清掃人 死と生を看取る者」(飛鳥新社)

「事件現場清掃人」の仕事について語る高江洲敦さん=横浜市内 昨年12月に出版した著書「事件現場清掃人 死と生を看取る者」(飛鳥新社)

 殺人事件、孤独死、自殺の「現場」を清掃し、ふたたび人が住める状態にまで原状回復する「事件現場清掃人」として、約20年前から首都圏を拠点に活動している。遺族や家主などから依頼を受け、一般の清掃業者では手に負えない特殊清掃を手掛けた件数は3千件に上る。

 元々は料理人だった。高校卒業後の1989年に上京し、料理人として都内のホテルに務めた。「いつかは自分の店を持ちたい」と、週休2日の休みには親戚が経営するハウスクリーニング業でバイトをした。

 飲食店の開業資金を稼ぐための手段として、25歳の時にハウスクリーニングの会社を起業。当初は順調に業績を伸ばしていたが、次第に経営が悪化。借金だけを残して解散した。そんな時に「誰もやりたがらない仕事だからチャンスがある」と請け負ったのが、特殊清掃だった。

 しかし実際は、亡くなった人の人生を追体験する仕事は想像以上につらく重い。遺体や遺品の受け取り、清掃費用の支払いを拒否する親族と家主の間を仲介することも多い。半端な姿勢でできる仕事ではない。

 研究と経験を積み重ねて自身でノウハウを構築し、さまざまな現場を手掛けることで、現代社会を映し出す仕事としてメディアにも取り上げられた。「誰かがやらなければならない」と考えが変わったきっかけは、借金苦による一家心中で、幼い子が犠牲になった現場を任されたことだった。

 「悲しみと怒り、強い虚脱感に襲われた。そして、不幸の上に成り立つビジネスの葛藤に苦しんだ」

 亡くなった人たちに思いを寄せながら、出した答えは「遺族がゆっくり悲しむことができるような状況に少しでも近づけるため、そしてこの先を生きていくために、遺族の声に耳を傾けることが務めだ」ということだった。

 現場では、遺族と相談する様子をじっと見つめる子どもの姿を見ることがある。感情を失ったかのような子どもの表情を前に、自分のできることを模索し続けてきた。

 近い将来、親を亡くした子どもたちのために児童養護施設を造る予定だ。

 また、遺族からのさまざまな相談をはじめ、供養する費用を負担できない依頼主から遺骨を預かることもある。今年1月、一般社団法人全国生前整理サポートセンターを立ちあげ、遺族の相談業務、自分史の編集、海洋散骨事業をスタートさせている。

 「仕事に真剣に向き合うことで、依頼者から感謝の種をいただき、亡くなった人から恩を受けてきた。『恩送り』の気持ちで、出会う人たちに恩を返したい」。自らに使命を課し、今日も活動を続ける。(東京報道部・吉川毅)

 たかえす・あつし 1971年生まれ、浦添市出身。横浜市在住。浦添工業高校調理科を卒業し、1989年に上京。料理人、内装業やリフォーム会社などを経て、「事件現場清掃会社」を設立。特殊清掃、遺品整理、不動産処分などを行う。昨年12月、自身の著書「事件現場清掃人 死と生を看取る者」(飛鳥新社)を出版した。