沖縄の米軍基地

日米同盟のコストとは?


 日米関係の基本構造は日米同盟によって規定されているため、ここに変化がなければ基本的に日米の関係に大きな変化は生まれない。逆に、この構造に少しでも変化が生まれる可能性が生じると、沖縄の基地問題はもちろん、政治体制から、経済の枠組みまで、私たちの想像を超える変化に備えなければならなくなる。その変化の可能性を考えるためには、そもそも誰が日米同盟を維持しようとしているのかを考える必要がある。日本政府と日本国民が日米同盟を圧倒的に支持していることは周知だが、アメリカにとって日米同盟を維持するメリットとは何だろうか。以前から不思議に思っていたのだが、日本の国防費をアメリカの税金で実質的に負担し、デトロイトの崩壊に象徴されるように自国の製造業を破綻に追いやってまで、自国市場をほぼ全面的に日本に開放しながら、日本市場への参入障壁を容認し続けるという、ちょっと考えるとありえないほどの片務的な関係を、なぜアメリカがこれほど長期間にわたって支持しているのだろう。

 実は、アメリカにはこの同盟関係を強力に支持する立場の人たちがいる。軍と、軍から経済的な恩恵を受けるエスタブリッシュメントたちである。彼らは軍事費が拡大するほど、海外駐留の規模が大きくなるほど、キャンプが固定化されるほど、自国の防衛に寄与するのだと発想する。一面正しくもあるのだが、それにはコストが付随する。例えば、日本における在日米軍基地関連費用は、2015年で7243億円(沖縄タイムス2016年11月7日 http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/69976)であり、日本政府が支払っている「思いやり予算」1899億円を差し引いても、毎年5300億円の「国防費」をアメリカが負担していることになる。日本から見たら、日本の国防費をアメリカが負担してくれているように見える。そんなお得な話は滅多にないが、アメリカから見るとどうなのだろう。東アジアの安定とひいては自国の防衛のためであれば、5000億円程度の負担は60兆円を超える防衛費の中の許容範囲ということなのだろうか。

経済視点で見る日米同盟


 しかし、話はそれほど簡単ではない。日米同盟には経済協力条項が盛り込まれている。このため、日本は世界最大のアメリカ市場がまるで自国市場であるかのように振る舞い続け、その恩恵を最大限享受した結果が戦後70年間の日本経済の「大躍進」であった。日本にとって、日米同盟の本当のメリットは、国防費の実質負担よりも何よりも、アメリカ市場へのアクセスによって日本経済の根源的な強さ、ひいては国民の生活と政治的安定が長期間にわたって保障されるということだろう。日米同盟が揺らぐということは、軍事どころか日本経済そのものの枠組みが揺らぐということだ。つまり沖縄が戦っているものは米軍基地でも、日本の国防でも、頭の固い日本政府でもなく、日本経済そのものなのだ。沖縄から基地を撤去することの難しさはここにある。

 逆に考えれば、これがアメリカにとっての日米同盟の費用である。決して日本駐留軍の費用だけではない。市場の開放とは富の移転である。日本に自国市場を開放したことによって、かつては世界最強を誇ったデトロイトの自動産業をはじめ、製造業のほとんどは日本に奪われてしまった。

 トランプの「アメリカ・ファースト」とは、国防視点だけではなく、経済視点を含めた政策の合理性を問い直すということのようにも見える。この経済視点は、トランプがクリントンとのディベートで、「米国史上、いや、世界の歴史の中で最悪の取引」と散々批判したNAFTA(北米自由貿易協定)や、その拡大版であるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に反対している姿勢と共通する。

 トランプが経済も含めた視点で日米同盟のそろばん勘定を弾きなおすと、あまりにコストが大きすぎるということになるのではないか。トランプが、アメリカにとっての「合理性」を追求すれば、日米同盟を弱めたとしても、日本に対する自国市場への片務的なアクセスに制限をかけることがフェアな政策だと考えるのではないか。「日本が相応の経済的負担をしなければ、駐留米軍を引き上げる」という発言の意図は単なる駐留軍の費用負担の問題ではなく、日米同盟のあり方を根源的に捉え直す経済視点から発想されているようにも見える。