玉城デニー知事は2021年度県政運営の所信表明で、在日米軍専用施設面積に占める県内面積の割合を「当面は50%以下を目指す」と述べ、初の数値目標を示した。

 しかし、どの基地を、いつまでに、削減するのか。跡地をどのように利用するのか。具体的な戦略は明示されていない。

 来年、復帰50年の大きな節目を迎えるにあたり、「対話」に応じない政府を、協議の場に引き出す狙いがある。県が主体的に目標を打ち出したことは評価できる。だが、「50%以下なら許容するのか」と受け止められれば、日米両政府に誤ったメッセージを送る「もろ刃の剣」になる危険性もある。説明不足と分かりにくさは否めない。

 日米特別行動委員会(SACO)で合意した11の施設の返還は、ほとんどが県内移設を条件とし、返還が全て実現しても69%が沖縄に残ることになる。

 県議会が全会一致で2度決議した海兵隊撤退が実現した場合は、41%に削減される。

 県内には海兵隊施設以外にも多くの米軍基地がある。空軍嘉手納基地と嘉手納弾薬庫の面積は計4644ヘクタールに上り、この二つの基地だけで、在日米軍の主要な6基地である三沢、横田、厚木、横須賀、岩国、佐世保を合わせた面積を超える異常な現実を忘れてはならない。

 なぜ、海兵隊撤退を明言しないのか。単に50%だけでは、何をしたいのか伝わらない。

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 1971年11月、国会で全会一致で採択された決議がある。「沖縄米軍基地縮小に関する決議」だ。

 「政府は沖縄米軍基地について速やかな将来の整理縮小の措置を取るべきである」と、記されている。

 だが、その後、実効性のある基地の整理・縮小の計画はなく、返還はむしろ本土が先行し、沖縄は取り残されてきた。米軍専用施設は国土面積の0・6%しかない県内に復帰時で58・7%、今でも70・3%が集中している。

 名護市辺野古の新基地に、将来、陸上自衛隊の水陸機動団が常駐配備され共同使用される極秘合意が明らかになるなど米軍と自衛隊の一体化も進んでいる。

 自衛隊が名目上、基地を管理することになれば、数値は一気に下がるだろう。

 あいまいな要求は、負担軽減をともなわない数字のトリックに使われかねない。

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 米軍基地の具体的削減計画と同時に、跡地利用計画も進める必要がある。返還が合意された嘉手納基地より南の6施設・区域(約1000ヘクタール)も、利用計画が決まっているのは、一部にとどまる。

 1996年、当時の大田昌秀知事は米軍基地を3段階に分けて返還するよう求めた上で、跡地利用と連動させた地域ごとの青写真を示した。国際都市形成推進室を設置するなど庁内体制も整えていた。

 県は新たな沖縄振興計画策定にあたっては、海兵隊の機能移転など万国津梁会議の提言を生かし、SACO合意以上の返還と基地跡地の具体的ビジョンを示す必要がある。