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15㎏の娘を抱き走った母は「きつい」 80歳は「血圧の薬を忘れた」 沖縄で抜き打ちの避難ルポ

2021年3月1日 07:30

[沖縄の防災・共に考える](1) ※この記事は2013年12月11日に沖縄タイムス紙面に掲載されました。人物の年齢や説明の内容は掲載当時のものです。

 自然の猛威を見せつけられた2011年3月11日の東日本大震災から千日がすぎた。地震や津波災害に備えよう-と、これまで地震への警戒感が薄かった沖縄県内でも、各地で避難訓練が盛んに行われるようになるなど、防災対策が模索されている。

 海に囲まれた沖縄の地震や津波への備えは待ったなしだ。防災を身近にとらえるきっかけとするため、沖縄タイムスでは毎月11日を「防災を考える日」と位置づけ、地域ごとの津波を想定した避難体験ルポを特集で紹介する。今回は沖縄本島の南部。


[体験 逃げてみた]

 避難訓練の手順 避難は津波を想定。本番になるべく近い状態にするため訓練日と大まかな時間帯だけ伝え、記者から抜き打ちで入る連絡を津波警報に見立て、避難開始。避難場所や経路、持ち物も避難者が自分で考えた。(社会部・我那覇宗貴)

那覇市若狭の自宅(海抜3メートル)→松山公園(12~13メートル)
糸数武さん(80)節子さん(82)夫妻
歩き慣れた道 12分で到着

津波を想定して若狭の自宅から松山公園に避難する糸数武さん(左)と節子さん=那覇市若狭


 那覇市若狭の2階建て住宅に住む糸数武さん(80)と節子さん(82)夫妻。自宅は海抜3メートルに立つ。

 2人が選んだ避難場所は、自宅から徒歩10分、海抜12~13メートルの松山公園。地区で決まった避難場所は別の場所だが、若狭小学校区まちづくり協議会会長を務める武さんは地域の防災に役立てようと選んだ。「海から距離や海抜があり、車いすでも避難しやすい場所だと思った」と説明する。

 午後2時30分。夫妻は、20分以内で避難するよう連絡を受ける。気温23度、晴れ。乾いた北風が少し吹いていた。

 2時32分。乾パン、1リットルの炭酸水、ライトが付いたラジオ、風邪薬をカートに詰め、2人は自宅を出発。「普通の水をと思ったが、冷蔵庫に娘家族が飲む炭酸水しかなかった」と武さん。最短コースを選びながら足早に歩く武さんに節子さんは追いつくのがやっと。

 2時42分、交代でカートを引きながら、松山公園に到着、12分かかった。2人の後を付いてきた稲垣暁さんは「高齢者とは思えないほど速い」と驚いた。

 終了後、夫妻と稲垣さんで避難を振り返った。2人とも普段から地元を歩き慣れていて土地勘があったことが、素早い避難につながったことが分かった。

 課題も見つかった。「東日本大震災級の20メートルの津波を考えると、海抜25メートル以上ある公園隣の那覇商業高校舎の屋上もいいのでは」と稲垣さんは指摘。節子さんは「きょうのペースなら、久茂地交差点まで行ける。ほかの避難場所も考えた方がいいかも」と自信がついた様子。

 武さんは、腸や血圧など病院の薬を服用しているが持参しなかった。稲垣さんは「食料や水に気を取られがちだが、病院の薬こそ命にかかわるので、ぜひ全部持っていきたい。飲み忘れを防ぐ容器があればそれも」とアドバイスした。

 武さんは「日にちが分かっていたから準備できた。今回、実施時間が抜き打ちで本当に訓練になった」と実感を込めて振り返った。

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