住民による直接請求制度の根幹を揺るがし、民主主義をないがしろにする異常事態である。

 愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動を巡り、提出された署名が大量に偽造された疑いが持たれる問題は、県選挙管理委員会が地方自治法違反容疑で刑事告発する事態となった。

 県選管の調査によると、提出された約43万5千人分の署名のうち、8割超に当たる約36万2千人分が無効と判断された。極めて悪質だ。

 そのうち約90%は、複数の人が何人分も書いたとみられる筆跡だった。署名集めが始まった時点で、既に亡くなっていた人の署名も約8千人分含まれている。署名集めを担う「受任者」に、故人がなっている事例もあったという。

 おそらく古い名簿などを基に書き写したと想定される。不正の規模からみて組織的な動きがあった可能性が高い。誰が指示し、何のために、どのようにして行ったのか。

 リコール運動は、芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」での昭和天皇に関する映像作品などの展示について、実行委員会会長を務めた大村知事の対応を問題視したものだ。

 美容外科「高須クリニック」院長の高須克弥氏が主導し、河村たかし名古屋市長も支援した。

 両氏とも不正への関わりを否定している。だが、たとえ知らなかったとしても道義的責任は免れない。運動に関わった当事者としての自覚を持ち、率先して捜査に協力してもらいたい。

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 署名活動を巡っては、名古屋市の広告関連会社が運動事務局の指示でアルバイトを集め、昨年10月に佐賀市内で他人の氏名や住所を書かせた疑いがあることが浮上した。

 アルバイトに応じた女性が共同通信の取材に証言した。用意された名簿を基に、愛知県民約600人分の氏名や住所を署名簿に書き写したという。50人以上が集まっていた。担当者は、業務内容を口外しないとの誓約書にもサインさせていたという。

 金銭を払って署名が書き写されていたとすれば、民意の捏(ねつ)造(ぞう)に他ならない。

 運動事務局の事務局長は「発注も依頼もしていない」と関与を否定するが、関係者によると、広告関連会社は人件費などで約1500万円支出したとされる。

 会社側はアルバイト募集に関する発注書を県警へ提出している。資金の流れの解明を急いでほしい。

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 地方自治体の首長らを解職できるリコール制度は、住民直接参加の制度として認められているものの、一定数の署名が必要と法律で定められている。選挙によって選ばれた人を解職するのは、それだけの重みがあるということだ。

 社会問題や政策へ民意を示す一般的な署名活動も、ルールにのっとることが前提となる。

 今回の「不正」は、まっとうな署名活動にも不信感を与えかねない卑劣な行為だ。徹底的な捜査で真相を追及し、責任の所在を明らかにしてもらいたい。