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がれきの中に閉じ込められた全盲の男性 住民と声を「リレー」して生還 震災で痛感した教訓

2021年3月5日 07:00

※この記事は2015年1月7日に沖縄タイムス紙面に掲載されました。人物の年齢や説明など、内容は掲載当時のものです。

奇跡的に生還した震災当時を振り返る當山さん=那覇市・県視覚障害者福祉協会

 早朝、激しく突き上げる揺れに襲われ、布団にもぐったまま手を伸ばすと、崩れ落ちた天井や壁に届いた。がれきの中に閉じ込められた瞬間だ。読谷村出身で全盲の針灸(しんきゅう)マッサージ師・當山政秋さん(57)は神戸市で働いていた1995年1月17日に震災に遭い、自宅の木造アパートが全壊。余震におびえながらも、日ごろから付き合いのある住民の誘導で3時間余りかけて手探りで脱出した。(新里健)

 當山さんは無傷だった。冷蔵庫が枕のそばに倒れ、崩れ落ちる建材の支えとなって体が守られた。ほこりっぽい臭いと布団の上に降ったちりの触感で、がれきの中にいると分かった。

 1時間後。「當山はどこだ」。アパート住民の声が聞こえた。冷蔵庫を強くたたき「こっちだよ」と叫んだ。全盲を知る住民たちは「助けに行くからサインを送って」。當山さんは、かがんで目の前の廃材をかき分けて音を発し、救助に入った2人と出会えた。

 そこはがれきの山の底。生き埋めにならないよう先導役が脱出路を掘り、當山さんを挟んで後続役が「体を右に向けて」「左手で廃材をつかんで進んで」と助言してくれた。「助かったのが不思議なくらい」と當山さん。脱出後に暖かく感じ、日が昇るほど長い時間がかかったと気付いた。近くの職場で10日ほど寝泊まりし、迎えに来た弟妹と、陸路が断たれた中、神戸港から船で関西空港へ渡って沖縄へ戻った。

 當山さんは県立盲学校を卒業後、針灸と施術の腕を磨きたいと関西へ。15年住んだ神戸市中央区の古アパートは共同トイレで風呂場はなく、銭湯に通った。住民と毎日顔を合わせ、日々の出来事を語り合った。その絆が命を救ってくれた。

 現在は那覇市のアパートに一人で暮らす。部屋にトイレも風呂もあり便利な一方、住民との接点はほとんどない。「今大地震が起きたら20年前のように助けてもらえるか分からない」。近所付き合いの大切さを痛感している。

 震災当時の情報源はラジオだけだったが、今は携帯電話に音声メールが届く。公民館や福祉施設の開放は把握できるが自力でたどり着くのは難しい。

 「自宅近くのコンビニを一時避難場所にできれば、24時間営業で飲食物も買えて便利なんですが」。障がい者の避難誘導体制はまだ道半ばだ。
 

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