【ジョン・ミッチェル特約通信員】沖縄が米国の施政下にあった1960年、米政府が金武村(当時)に原子力発電所を建設する詳細な計画を定めていたことが、沖縄タイムスが入手した報告書で分かった。予定地は現在の沖縄電力金武火力発電所の敷地。原子炉1号機を63年12月に、2号機を65年に完成させる予定だった。

米政府が金武に計画していた原子炉1号機の完成予想図(米原子力委員会報告書から)

米政府による原発計画の概要

米政府が金武に計画していた原子炉1号機の完成予想図(米原子力委員会報告書から) 米政府による原発計画の概要

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から間もなく10年。米政府が復帰前の沖縄で原発建設を検討したことは知られているが、詳細な計画が存在したことが初めて判明した。絶対権力を持つ米軍が建設を進めていれば沖縄も原発と同居する歴史を歩んでいたことになる。

 米政府が金武で計画した原子炉の出力は2基計8万キロワット(現在の金武火力は2基計44万キロワット)。完成後は、沖縄全体の電力供給量がそれまでに比べて2・6倍に増加すると見込んだ。

 1基につき14・3トンの濃縮ウラン燃料を直径約40メートルの鋼鉄製の球体の中に格納し、金武湾の海水で冷却する設計。敷地内には放射性廃棄物の地下貯蔵庫、高さ70メートルの排気煙突も計画された。

 報告書は米政府機関である原子力委員会の事業で米カイザー社が60年にまとめた「遠隔地の軍隊の電力活用に関する研究」。国防総省が調査対象の米軍配備先を指定し、各地で原発を建設する計画の立案と経済効率の算定をカイザー社が担った。

 当初の候補地は米国内外に13カ所あり、北海道(詳細不明)も含まれたが、電力需要が小さいため見送られた。詳しく調査することになった最終候補地10カ所には韓国の基地などが挙げられた。このうち少なくともグリーンランド、南極の2カ所では実際に原発が建設された。

 最終的に沖縄で建設しなかった理由は分かっていないが、二つの原子炉を擁する計画は最終候補地10カ所の中で最大規模だった。民間地に予定されたのも沖縄だけだった。

 予定地では米政府が原発ではなく石油火力発電所を建設し、65年に運転を始めた。出力は原発計画と同規模の計8万8千キロワット。86年に廃止され、跡地では2002年から現在の金武火力発電所が運転している。