3月8日は「国際女性デー」。男性中心の社会に一石を投じ、女性をはじめ誰もが生きやすい社会を目指そうと、各メディアは毎年のようにキャンペーンを展開する。一方、そんなメディアもまだまだ男性中心の業界だ。新聞労連によると2019年4月1日現在、全国38新聞社の女性従業員の割合は19・9%で、女性管理職の割合は7・7%にとどまる。役員となると38社319人中、女性は10人だ。沖縄タイムス社は2月16日現在、女性社員の割合22・8%、うち管理職13・3%。多様性を重んじる社会の実現には何が必要なのか。沖縄タイムス編集局の女性管理職8人が、さまざまな分野で活躍する女性たちを訪ねた。

東京パラリンピック・カヌー代表・瀬立モニカさん

 体育の授業中にけがを負い、車いすの生活になったのは高校1年のとき。翌年パラカヌーと出会い、魅力に引き込まれた。「水上はバリアフリーだった」。大宜味村塩屋で長期合宿をしている東京パラリンピック・カヌー代表の瀬立(せりゅう)モニカさん(23)。地域の人たちとも交流し、積極的に発信するモニカさんにパラアスリートの思いを聞いた。

パラカヌーへの思いを語る瀬立モニカさん=2月13日、大宜味村塩屋

■パラカヌーとの出会い

 ────事故の翌年、地元の東京江東区の関係者に誘われ、パラカヌーと出会います。

 「中学からカヌーに取り組んでいましたが、再びできるとは思っていませんでした。手で支えないと姿勢を保てないのに、バランスを取れるわけがない。乗れないことを見てもらうつもりで川に行ったら、カヌー協会の方が一枚上手で。競技用の5倍くらい幅のあるカヌーが用意されていて、落ちても大丈夫なようにロープも張ってある。これはもう、やるしかないと」

 ────乗ってみた感想は。

 「学校生活に戻り、一番つらかったのは、車いすだからという理由で体育は見学と決められたことでした。だから、息が切れるほど体を動かせたことが純粋にうれしかった」

 「カヌーに乗ってしまえば、足が動かないのも全然分からない。『カヌーがあるから学校に行かなきゃ』『一人で行動できるようにならなきゃ』と生きるモチベーションになりました」

 ────2年後のリオデジャネイロ・パラリンピックは8位。何が収穫でしたか。

 「競技面では、世界のトップ選手たちがどれほどの思いで試合に懸けているのかを知って、東京で戦う覚悟ができました」

 「一番驚いたのは、パラアスリートがむちゃくちゃ自信を持っていたことです。チュニジアのある選手は選手村ですれ違うたび、『きょうの俺どう?』と聞いてくる。障がいがあることに引け目を感じていない。車いすでも、目が見えなくても、義足でも、十人十色でそれが普通。強い信念で自らの道を突き進む姿に、自信を持って生きていいんだと教えられました」