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「なぜ沖縄から?」希望して廃炉の最前線に立つ27歳 大学院時代に触れた福島の温かさ

2021年3月11日 07:07

[10年 東日本大震災 -沖縄と、被災地と-]

処理水の貯蔵タンク回りの配管設備を点検する當間颯さん=3日、福島県・東京電力福島第1原発構内

構内の事務所でデスクワークする當間颯さん=2日(いずれも提供)

処理水の貯蔵タンク回りの配管設備を点検する當間颯さん=3日、福島県・東京電力福島第1原発構内 構内の事務所でデスクワークする當間颯さん=2日(いずれも提供)

 東京電力福島第1原子力発電所。那覇市出身で東電入社3年目の當間颯(はやて)さん(27)の仕事は、10年前に東日本大震災の影響で水素爆発し、メルトダウンを起こした原子炉の廃炉に関わる作業だ。大学院時代を過ごした福島に愛着を抱き、「復興に貢献したい」との思いで、希望して最前線の現場に就いた。30~40年スパンの困難なプロジェクトに「廃炉なくして福島の復興はない。計画に沿って着実に進めたい」と奮闘する。(社会部・城間陽介)

 福島第1原発から約10キロ圏内にある福島県大熊町の東電社員寮。當間さんは8畳一間の寮で毎朝6時半に起床し、専用バスで職場へ向かう。原発構内の事務所に到着すると、週3回程度は外の現場へ赴く。上下の作業着にヘルメット、マスク、軍手、保護メガネを装着するほか、胸には線量計を付けることを忘れない。

 「敷地内の96%は全面防護服を必要としないエリア」だが、少し離れた原子炉建屋内と一部周辺はいまだ線量が高い。外での滞在時間は2~3時間と線量管理を厳密にしている。「現場に初めて入ったときは少し線量が気になりましたが今は全くないですね」

 主な仕事は放射性物質の大部分を取り除いた処理水を貯蔵タンクまでつなぐ配管設備の保守点検。ほかに仮設発電機や雨水カバーなど貯蔵タンク付帯設備の点検、発電所構内の工事進捗(しんちょく)の監理も行う。「廃炉までの道のりは長いかもしれないが、中長期のロードマップはちゃんとあって、一つ一つクリアすることに達成感がある」と声は明るい。

 震災のあった10年前はちょうど那覇高校を卒業したばかりで、当時はまだ原発にも放射線にも関心はなかった。進学した北里大学の十和田キャンパス(青森県)で環境放射能学に興味を持ち、最前線で学びたいと福島大学大学院へ。土壌中の放射性セシウムの植物への影響を主に研究した。

 研究の傍ら、趣味の釣りにもよく出かけた。原発から離れた福島の海岸近くで釣り具屋を訪ねると、店主は「釣ってもいいけど食べない方がいい」と言った。

 當間さん自身は大学で放射能について学び、さらに自治体が公表する海産物の線量データを調べていたため頭では大丈夫と分かっていたが、「数字が示されたとしても、人は目に見えない放射性物質を怖いと感じてしまう」と問題の根深さに触れた。震災を経験した住民の話を直接聞き、元の生活に戻るのが難しい現状も思い知らされた。

 気さくで明るい福島の人々。大学院に進学当初、周囲に知り合いが一人もいない中で釣りやダンスの趣味仲間が温かく迎え入れてくれた。「沖縄と似た雰囲気があった」。福島に生きる人のために働きたい、復興に貢献したいという思いが芽生え、最前線の現場に立とうと東電へ入社を決めた。親も最初は心配したが、熱意を伝えると理解してくれた。

 面接で「なぜ沖縄から」「帰りたくないのか」と聞かれたが「廃炉作業に関わりたい。全く帰る気持ちはない」とストレートに伝え、希望通りの部署に配属となった。

 沖縄ナンバーの自家用車は福島で目立つ。地元住民から「わざわざ沖縄から来て大変ね、頑張ってね」と声を掛けられることもしばしば。「原発廃炉の実現に少しでも貢献できればうれしい」と語る。

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