結局、正しい日本語ができないと意味がない

 英語が得意、不得意というのは、単純に英語力の問題ではない。最低限の語彙力(ごいりょく)がなければそもそも話にならないが、もっとも重要なのは、日本語をいかに普遍的な表現に置き換えられるのかという問題である。英語が堪能な人は、最初から英語で考えて英語で話すので大きな問題は発生しない。だが、それほど英語が得意でない人は、日本語半分、英語半分で考えて、最終的に頭の中で英語に変換しているはずだ。

 ここで日本語特有の言い回ししか頭に浮かばない人は、相手に伝わる普遍的な言葉には変換できない。自動翻訳の場合、とりあえず翻訳だけはしてくれるが、ほとんど意味のない内容となってしまい、逆に状況が悪化する可能性もある。

表現を普遍的にして、論理的に話さなければいけない

 自分が何を言いたいのかしっかりと整理し、表現を可能な限り普遍的にした上で、かつ論理的に話さない限り、AIが多少発達したところで、正しく翻訳されることはないだろう。

 ビジネスの現場では「何かふわったとした言い方だよね」といった言い回しをよく耳にするが、上記について「曖昧な表現は避けてください」と即座に言い換えられないようでは、夢の言語フリー時代はやってこない。日本語で何を言っているか分からない人は、英語を学んだり、翻訳ツールを使ったりしたところで、適切なコミュニケーションは不可能である。

加谷珪一(かや けいいち/経済評論家)

 仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。

 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に「貧乏国ニッポン」(幻冬舎新書)、「億万長者への道は経済学に書いてある」(クロスメディア・パブリッシング)、「感じる経済学」(SBクリエイティブ)、「ポスト新産業革命」(CCCメディアハウス)などがある。

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