近代化のアンバランスも

 那覇市歴史博物館の外間政明学芸員の話

 今回の写真は本土の視点からでないと撮らないような写真の数々で貴重だ。

 沖縄では当時、カメラが本土ほど普及しておらず、フィルムも貴重だった。家族での記念写真などは撮影されることがあったが、日常や風景を写すことはほぼなかった。

 撮影時の状況や服装の変化、新しい建物などから日本化の一場面が写っている。一方で、庶民の生活で日本化していない風習も見えるため近代化のアンバランスさも感じられる。

 沖縄の戦前の写真は、戦争で焼けてしまうなどし、残っているものが少ない。本土の人が珍しいと思って撮った写真を、本土に持って帰ったことで戦火を免れ保存された。それを基に「沖縄にはこんな風景があった」と、現在の沖縄の人が知ることができる。(聞き手=朝日新聞・島崎周)

首里城火災きっかけに発見

 朝日新聞大阪本社(大阪市)で戦前の沖縄などを写した写真165枚が見つかったきっかけは、2019年10月に起きた首里城(那覇市)の火災だった。

 火災の発生後、朝日新聞福岡本部(福岡市)が大阪本社に、戦前の首里城の写真はないかと照会した。過去の写真を管理する大阪本社の社員が、主に戦前の写真を保管する棚を探した。通常、戦前の写真は地域やジャンルごとに箱に入れて保管されているが、沖縄の写真を保管する箱は存在しなかった。

(写図説明)主に戦後の紙焼き写真をテーマや地域ごとに保管している棚=大阪市北区の朝日新聞大阪本社(朝日新聞社提供)    

 その後、主に戦後の写真を保管している棚を探した。戦後の沖縄の写真が入った引き出しの奥で見つけたのが、「大正」や「戦前」と書かれた写真入りの三つの封筒だった。

 他の地域やジャンルと比べ枚数が少ないため、箱ではなく、戦後の写真を保管する棚に収納されたとみられる。

 封筒には、2017年に大阪本社で見つかった、1935年の沖縄を撮ったネガをプリントした写真もあった。それらを除いた165枚を新たにデジタルスキャンした。そのうち、首里城正殿などを写した13枚は昨年2月、沖縄タイムスと朝日新聞で紹介し、残る写真の内容について両紙の記者が合同で取材を進めていた。(朝日新聞・真野啓太)

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【情報お寄せください】今回見つかった写真は、朝日新聞社にプリントで所蔵されていた写真です。撮影者が不明の写真も含まれます。社外の刊行物に掲載されている写真が含まれていることも確認しており、今後の取材で撮影者などの特定ができた場合、クレジットや写真説明などを変更する可能性があります。写真についての情報をお寄せください。問い合わせ先は沖縄タイムス社社会部、電話098(860)3553、メールはshakai@okinawatimes.co.jp。なお、いただいた情報は朝日新聞社と共有させていただきます。