太平洋戦争末期の強制疎開で、沖縄県から宮崎県に移住した職人らがもたらした漆器の技法が、宮崎漆器工房(宮崎市)で脈々と受け継がれている。約40人が生産を続けており、元職人は「戦禍で故郷を追われた人々がいたことを示す結晶。思いをはせながら使ってほしい」と話している。