米軍普天間飛行場の全面返還に日米両政府が合意してから25年がたった。

 5~7年以内に返還する、と当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使がそろって発表したにもかかわらず、いまだ実現していない。県民の声を無視し、県内へ代替施設を造ることに両政府が固執しているためである。

 紆(う)余(よ)曲折の末に政府が進める現行計画は、名護市辺野古の沿岸部を埋め立て、軍港機能を備えた新基地を建設する、というものだ。

 辺野古側では土砂投入が進むものの、軟弱地盤が確認された大浦湾側は大がかりな地盤改良が必要となり、手付かずのままとなっている。

 「2022年度またはその後」としていた返還時期は30年代へと大幅にずれ込んだ。それでも完成するかどうかは見通せない。

 一方で普天間の周辺住民は危険にさらされ続ける。隣接する沖縄国際大学構内には04年8月、CH53D大型輸送ヘリが墜落・炎上した。17年12月にはヘリの窓が普天間第二小学校の運動場に落下した。

 騒音被害も深刻だ。宜野湾市には20年度、「心身共におかしくなりそう」などの苦情が600件以上寄せられた。

 普天間から山口県の岩国基地へ移駐したKC130空中給油機は、年間千回程度、訓練のため普天間や嘉手納基地で離着陸している。「沖縄の負担軽減のため」という移駐はまやかしだった。

 12日には、岩国基地からFA18戦闘攻撃機が普天間に飛来し、急停止を伴う特殊な着陸訓練が実施された。異常というしかない。

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 基地問題で玉城デニー知事は政府に「対話」を求めてきた。対話はもちろん重要だがその先の戦略が見えない。

 玉城知事は所信表明で、在日米軍専用施設面積に占める県内面積の割合を「当面は50%以下を目指す」と数値目標を示した。政府へ要請する際には「在沖海兵隊の撤退を含め」との文言を盛り込む方向だという。

 ただ、「50%以下」の中身を説明できなければ説得力に欠ける。どこの施設をいつまでに返還するよう求めるのか、どのように跡利用するのか。

 来年、沖縄は復帰50年の節目を迎える。基地の過重負担の解消へ局面を打開する機会だ。

 知事は返還を促すため、全国的な議論につなげるためにも明確なメッセージを発信する必要がある。

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 沖縄戦の激戦地、本島南部の土砂を埋め立てに利用する計画に懸念が広がっている。県議会土木環境委員会が「辺野古基地建設」などの文言を避けながらも使用に反対する意見書案を全会一致で可決したのは、県民の理解が得られないことを示すものだ。

 当初3500億円とされていた工費は9300億円に膨れ上がった。計画そのものが破綻しているのは疑いようもない。

 県の「米軍基地問題に関する万国津梁会議」が指摘したように、新基地計画は技術的にも財政的にも「最もあり得ない選択肢」だ。