東京電力福島第1原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出を政府が決めた。国の基準以下の濃度に薄めるため科学的には安全と説明するが、30年とも40年とも言われる長い間、海洋へ流し続けることに環境への懸念は消えない。漁業者の反発は強く、政府や東電の説明も不十分だ。放出強行は許されない。

 第1原発では、事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やす注水などで、1日140トンの汚染水が発生している。

 放射性物質を除去する装置にかけても、トリチウムだけは除去できず、処理水の総量は125万トンに及ぶ。東電の試算では保管タンクは来年夏ごろから満杯になるという。

 政府は処分の基本方針で、モニタリング(放射線監視)を安定実施できる海洋放出を選択、2年後をめどに放出を開始することなどを決定した。

 同様の海洋放出が、国内外の原発で行われていることも根拠の一つとされている。

 ただ、最悪レベルの事故を起こした原発の大量の処理水の放出による風評被害は避けられず、同じ土俵で論じるわけにはいかない。

 地上での長期保管やトリチウム除去の技術開発などの選択肢が十分に議論されたとはいえない。周辺には活用可能な土地もあり保管量拡大を検討していれば、期限に縛られることはなかった。

 今後も見直しを含めた議論を続けるべきだ。

■    ■

 決定を受け、全国漁業協同組合連合会(全漁連)は「到底容認できるものではない」と抗議声明を発表した。東電と福島県漁連との間で確認された「関係者の理解なしにはいかなる処分もしない」という約束もほごにされた。

 福島県沖では事故後、漁の自粛を余儀なくされた。ようやく安全性が認知され、海域などを絞った試験操業から、本格操業に向けた移行期に入ったばかりだ。漁業関係者から「10年間の積み重ねが無駄になる」「次の世代の漁師たちに申し訳ない」という声が上がるのは当然である。

 結果として漁業や農業にとどまらず、観光業、地域経済全体への悪影響も想定される。

 「風評被害」と言うと、消費者の感情的、一方的な忌避行為にも聞こえる。しかしそれは、原発事故によって実際に引き起こされた深刻な被害と拡大した不信感の反映である。政府がそのリスクを十分に検討したのかは、疑わしい。

■    ■

 政府は、海洋放出決定に当たり、「東電には風評影響の発生を最大限に回避する責任が生じる」としたが、原発を推進してきた国も具体策の提示を急ぐべきだ。

 五輪誘致を巡って汚染水は「アンダーコントロールされている」とアピールしたのは、当時の安倍晋三首相だ。

 柏崎刈羽原発の核テロ対策機器の故障を長期間放置するなど東電の不祥事も続いている。信頼回復どころか、不信は深まるばかりだ。

 政府と東電は、結論の押し付けではなく説明責任を果たし、まずは地元や国民の信頼を得る努力を尽くすべきだ。