「自分の手で自らの人生を切り拓(ひら)いて、道を作っていってる姿を見せるのが、私たち親の役目やと思うねんな」「いばらの道を行って」。小学校の教員だった吉田亮人さんは、同じく教員で出産直後の妻に転職を懇願された。