米第10陸軍が首里城につながる壕で見つけたとされるネガフィルムを現像した写真が、米国に存在していることが分かった。戦前の県立第三中学校(現名護高校)の生徒たちが校舎前を駆け抜ける様子など、当時の学校生活の様子がうかがえる。1941年4月~44年9月に同校の校長を務めた光本光治氏が写っていることから、この間に撮影されたとみられる。名護市教育委員会文化課市史編さん係の川満彰さんは「三中の集合写真などは残っているが、学校生活の様子が分かる動きのある写真が見つかるのは珍しい」と話す。

県立第三中学校の校門前を駆け抜ける生徒たち。校舎は現在の北部合同庁舎の敷地にあった。写真に写る門柱は現在の名護高校に現存している(「Urthman's Genealogy Blog」より)

 写真は、米国のブリガム・ヤング大学名誉教授のバート・J・コワリスさん(68)がブログ「Urthman`s Genealogy Blog」で公開している。

 45年に沖縄に駐屯したバートさんの父、故ラインハルト・T・コワリスさんは米第10陸軍に所属し、写真の撮影や分析を行うチームのリーダーだった。同チームが首里城につながる壕でネガを見つけ、現像した。

 写真はラインハルトさんがバートさんに残したもので、裏側に「これらのネガは首里城の壕で見つかり、私たちがそれを現像した」とラインハルトさんのメモが記された写真があったという。三中の写真がなぜ首里城の壕で見つかったのかは分かっていない。

 バートさんはブログで「写真に写っている人の家族が見つかれば、話を聞いてみたい」とコメントしている。