[琉球から沖縄へ 続よみがえる古里](7) 沖縄タイムス・朝日新聞共同企画

 石垣島西部に位置する名蔵(なぐら、のーら)集落の御嶽(おん)(拝所)で、白い神衣装を着け、結った髪に白い布を巻いた女性たちが瓦ぶきの建物に向かっている。女性たちは「ツカサ」と呼ばれる神職者。ツカサの前方に、背広姿の男性やツカサではない女性の姿も見える。

 石垣市観光文化課の寄川(よせかわ)和彦さん(47)は「人数が多いので、島中のツカサたちが集まったのだろう。見たことがない。感動した」と話す。撮影された1941(昭和16)年、名蔵には台湾などからの移民が住んでいたが、行政的には廃村になっていた。しかし祭祀(さいし)は続けられたようだ。御嶽の拝殿をかやぶきから瓦ぶきに改築し、9月24日に盛大な例祭が行われたと、当時の地元紙が伝えている。

 なぜ朝日新聞の記者が石垣島にいたか。地元紙は9月21日の皆既日食を取材するために、全国から新聞記者が集まっていたと記している。

 名蔵には戦後、台湾や宮古島、沖縄本島などから人が移り住み、再びコミュニティーができた。名蔵御嶽では現在、台湾移民の子孫が毎年「土地公祭」を行っている。(城間有、粟国祥輔)...