[琉球から沖縄へ 続よみがえる古里](8) 沖縄タイムス・朝日新聞共同企画

 1921(大正10)年に与那原の海岸で撮られた写真には、帆を畳んで停泊しているたくさんの山原船(マーラン船)が写っている。与那原町教育委員会の仲地明さん(62)は「これまで見た写真の中で一番多くの船が写っている」と驚く。遠くに見える山の形から、現在の港区付近から撮られたとみられる。

 戦前、軍艦は水深の浅い那覇港には入れず、旧日本軍は佐敷の馬天港を拠点にしていた。軍艦が大型化して馬天港に接岸できなくなると、軽便鉄道の駅があり、街として栄えていた与那原に停泊するようになった。

 同年3月6日に皇太子時代の昭和天皇も与那原の港から上陸した。同教委の田港千仁さん(33)は写真中央付近の船に日の丸と旭日旗のようなものが掲げられているのを見つけ、「大イベントを見ようと船もたくさん集まっていたのではないか」と、この日の撮影と推測した。

 山原船は、沖縄島北部からまきを運んで与那原港に入り、みそやしょうゆ、酒などの食糧や生活用品を北部に運んで行った。...