瞳を輝かせカメラに笑顔を見せる少女は、優しかったお母さんだった。上原クニ子さん(81)=沖縄県糸満市=は3月29日付の沖縄タイムスに掲載された、朝日新聞社が所蔵する写真(1925年撮影)にくぎ付けとなった。エキゾチックな顔立ち、右手を机に付くくせ-。たまらなく心を引かれ、その日の朝からずっと眺め続けた。笑顔が母のモトさん(1912~2000年)に似ている。「これ、おばあじゃない?」。子どもたちからの電話で確信した。懐かしさと恋しさで涙があふれた。「産んでくれてありがとう」。写真に向かって何度も話し掛けた。(城間有)

1925年に撮影された糸満の少女たち。上原クニ子さんによると、右がクニ子さんの母のモトさん、左端がモトさんの妹のハツさん。父の玉城カナさんが捕ってきたグルクンを市場で売っている(写真は朝日新聞社提供)

昭和初期撮影とみられるモトさんの実家、玉城家の家族写真。後列右がモトさん、左が妹のハツさん(上原クニ子さん提供)

モトさんの写真発見を喜ぶ上原クニ子さん(中央)と長女の奥濱由弥子さん(右)、由弥子さんの夫の真さん=22日、糸満市の西区コミュニティセンター

1925年に撮影された糸満の少女たち。上原クニ子さんによると、右がクニ子さんの母のモトさん、左端がモトさんの妹のハツさん。父の玉城カナさんが捕ってきたグルクンを市場で売っている(写真は朝日新聞社提供) 昭和初期撮影とみられるモトさんの実家、玉城家の家族写真。後列右がモトさん、左が妹のハツさん(上原クニ子さん提供) モトさんの写真発見を喜ぶ上原クニ子さん(中央)と長女の奥濱由弥子さん(右)、由弥子さんの夫の真さん=22日、糸満市の西区コミュニティセンター

 母モトさんと仲良しだったというクニ子さんの三男、康さん(50)=東京都在住=が電子新聞を見て気づき、長女の由弥子さん(47)に連絡。由弥子さんは「笑い上戸だったおばあ」の笑顔を思い出し、クニ子さんに伝えた。「この写真はお母さんだったんだ」。涙が止まらなくなった。

 生まれ年から計算すると写真のモトさんは13歳ごろ。クニ子さんによると、モトさんは海人(うみんちゅ)だった父・玉城カナさんが捕ってきた魚を売っているとみられる。左はモトさんの妹ハツさんだという。糸満の歴史に詳しい金城善さん(68)によると、場所は糸満の西区にあった市場で、モトさんの実家のすぐ近くだ。

 成長したモトさんは20歳で結婚し、フィリピンに移住。沖縄戦直前に帰ってきて、戦後は那覇市の沖映通りで米店、その後新天地市場に生地店を構え、亡くなる直前まで切り盛りしていたという。クニ子さんは「朝バスで那覇に行き、帰りは袋いっぱいのリンゴをお土産に持ってきてくれた」と懐かしむ。モトさんは43歳で海人だった夫を海難事故で失い、1人で5女1男を育てた。

 三女のクニ子さんは「優しいお母さんで、どんなに忙しくても手料理を作ってくれた。クーブイリチーがおいしかった。写真のキラキラした目は母そのもの。いつも、こんな感じで笑っていた」。優しい表情で写真を見つめた。

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