日本国憲法は3日、施行から74年を迎える。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、命と暮らしが現に脅かされているさなかの憲法記念日である。

 パンデミック(世界的大流行)の影響は、仕事や住居、働く場や教育など、生活のほとんど全ての領域に及ぶ。

 とりわけ深刻なのは、社会的に弱い立場に置かれている人々である。

 外出制限によって、DVや虐待が増加している。職を失ったシングルマザーは生活が立ちゆかなくなった。

 アルバイトを失った学生の中には、学業を継続するのが難しくなった人もいる。

 憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を生存権として位置付け、13条では「すべて国民は個人として尊重される」ことを保障し幸福追求権を権利として掲げている。

 コロナから人々の命と暮らしを守り、壊れかけた社会を立て直すことが、何より優先されるべき憲法の要請であることは明らかだ。

 感染者の多い地域では、憲法で保障された営業の自由が、感染拡大防止のため、大きな制約を受けている。「自粛と補償はセットで」という考え方が前提でなければならない。

 憲法で保障された自由と権利について、憲法12条は「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とうたっている。

 緊急事態には、社会の同調圧力が強まり、人権が後退する傾向があるだけに、12条の呼び掛けは重要だ。

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 自民党議員からは「予期せぬ事態に対応するためには憲法に『緊急事態条項』を設けるべきだ」との声も上がっている。

 「緊急事態条項」をコロナ対策と結び付けることによって、憲法改正を前に進める、という狙いが透けて見える。

 緊急事態宣言は特別措置法で定められているが、憲法上の緊急事態条項は、似て非なるものだ。

 立法権を持つ国会を通さずに、法律と同じ効力を持つ政令を制定する。それが緊急事態条項の考え方で、国家緊急権の考え方に立っている。

 安倍政権は、野党議員が憲法53条に基づいて要求した臨時国会を召集しなかった。

 そんなスタンスの政府自民党が緊急事態条項を行使することになれば、どうなるのか。

 権力の暴走を止めることが事実上、不可能になる懸念がある。

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 世界には、コロナ対策を憲法の規定に従って進めている国と、法律の運用によって対処している国がある。

 米、英、日本など法律で対応している国も多く、憲法に緊急事態条項がないから対策が進まない、というのは理由にならない。

 まず全力を挙げてコロナ対策に取り組むべきである。憲法改正論議は、今、この時点で優先して取り組むべき課題ではない。

 五輪とコロナを巡って政治は混迷を深めている。憲法改正を議論する前に、足元の混乱に対処すべきだ。