沖縄島に上陸した聖火リレーは5月1、2の両日、閉じられた空間で一般客を立ち入り禁止にして実施された。2日間の取材で見たのは圧倒的な「落差」。会場の中と外、中継画面の中と外、五輪ムラの中と外の間に、埋めがたい落差を見た。(編集委員・阿部岳

■「聖火? 名護で?」驚く高校生

沖縄1日目は、午前10時から名護市民会館周辺で始まった。午後1時に現地に着くと、五輪に反対する「オリンピック災害」おことわり連絡会と地元の有志が「中止だ中止」「オリンピックより命を守れ」と書いた横断幕を入り口で広げていた。

聖火リレー会場の前で抗議の横断幕を掲げる人々。警備員や運営スタッフが遠巻きに見守る=5月1日午後2時11分

聖火リレーは会場内のコースを行ったり来たり、5往復することになっている。そのたびに拡声器で反対の声を上げる。会場の中にも届くし、ネット中継の音声にも入る。警察官や運営スタッフは遠巻きに見守るだけで、声をかけることもしない。

2000年に名護市で開かれた主要国首脳会議(サミット)とは大違いだ。あの時、市民会館周辺にはプレスセンターが建ち、まさにこの歩道でサミットに抗議する人々が荒々しく警察官に排除されていた。サミットと聖火リレーに共通するのは、地元の暮らしとはほぼ関係のない、降って湧いた大イベントという点だろうか。

抗議行動のメンバーが市民会館から少し離れた市街地中心部に向かって道ジュネ―(練り歩き)をするというので、付いて行った。聖火ランナーが通るはずだった道のベンチで、80代の女性2人がおしゃべりをしている。

「なんか、きょうの会場は幕が張ってあって外からは見えないってよ」
「なんであんなに厳しく? おかしいやり方をしている」

できれば見たいですか、と尋ねたが、2人とも反応が薄い。サミットのことも聞くと、「記憶にない」という。当時の首相は森喜朗氏で、名護市に来ていた。あれから20年以上たつのに、つい最近まで東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の要職にあって、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかる」などと女性蔑視発言をした。その話題だけは盛り上がった。女性の一人は「言いたい放題で、あの人は気に入らないよ」と言った。

自転車にまたがった男子高校生は、珍しげに道ジュネーを見ていた。私が聖火リレーのことを伝えると、目を丸くして驚いた。「聖火リレーやってるんですか? 内地でやっているのはテレビで見たけど、まさか名護で?」。野球部員だからスポーツに興味はありそうだが、友達と話題になったこともないという。

■白い幕で包囲「喜劇か悲劇か」

ただし、会場に近づいたとしてもリレーの様子を見ることはできない。周囲はぐるっと白い幕やテントで囲われ、警備員約60人が立ち、さらにその外側には「立入禁止」の黄色いテープが張り巡らされている。

見たままを書いたツイートが、反響を呼んだ。

 

「見てはいけない秘祭なのか」「事件現場みたい」「シュールすぎる」とあきれる声が多数。それから、「この喜劇を楽しめないのは、これが喜劇ではなく悲劇だからだ。しかも私は観客ではなく舞台の上にいる」というコメントがあり、考え込んでしまった。

喜劇か、悲劇か。「演出」した沖縄県にも、言い分はある。厳戒態勢は、見物客が密集して新型コロナウイルス感染が起きないようにするためだと説明した。さらに、関係者約1600人のPCR検査費用を公費で負担した。ただ、ランナーやスタッフだけでなく、各ランナーが最大4人招待した家族や知人の分まで負担する必要があったのか、疑問が残る。

会場の外で、作業療法士の泰真実さん(55)は「私たち医療従事者もしばらく検査を受けられていないのに」と嘆いた。通りがかりに抗議行動を見かけ、飛び入り参加した。拡声器のマイクを握り、「コロナは緊迫した状況なんです。医療現場とあまりにも温度差が激しい。『みんなで一緒に乗り越える』と言うんだったら、みんなで一緒に我慢しましょうよ」と訴えた。

県や組織委の話を総合すると、1日の名護市と2日の糸満市の会場にはそれぞれ1000人ほどが集まった。

■国策「やめる勇気がないのか」

聖火リレーとは、今ここまでして強行すべきイベントなのか。取材の間、ずっと疑問が頭から離れなかった。沖縄県が挙げた理由は「何とかランナーに走ってもらいたい」という一点。確かに、さまざまな背景を持つランナーが発信したメッセージには胸を打つものがあった。しかし、共感が広がったとして、それは強行のリスクやコストを上回るのだろうか。

県によると、組織委は感染拡大を受けて「セレブレーション」と呼ばれる1日の締めくくりイベントだけに縮小する意向だったという。ランナーの走行を実現すべく要望したのは県の方だった。調整に奔走した担当者は「沖縄の意向をくんでもらって感謝している」とまで言った。県は開催予算として1億1千万円を用意している。

「スポーツイベントを成功させないと支持率が下がるという思い込みが、県政にはあるんでしょうか」と、鵜飼哲さん(66)はいぶかしむ。一橋大学名誉教授で、おことわり連絡会メンバーとして五輪反対の発言を続けている。「だって、五輪を開きたいのは辺野古新基地を造りたいのと同じ人たちですよ。同じ人たちが投げた変化球。県政はぼうぜんと見送ってストライクを取られるのか」。白い幕の向こう側ではこの日の朝、玉城デニー知事が第1走者の聖火をともす役を満面の笑みで演じた。

今、五輪開催を最も必要としているのは政権の命綱と頼る菅義偉首相、そして国際オリンピック委員会(IOC)や組織委に集う既得権層だろう。スポーツは中立ではなく、五輪も無色透明ではあり得ない。政治と収益の集合体である。

辺野古の抗議行動にも通う島津八子さん(69)は「聖火リレーも辺野古も国策。やめる勇気がないのかね」と語った。日が傾きだした。締めくくりイベントに向けてラテンバンド「ディアマンテス」の曲がにぎやかに響き始めた。抗議も会話も、つられてボリュームが大きくなる。

■閑散とする「箱庭」の中

屋外でディアマンテスとくれば、反射的にビールが飲みたくなる。幕の中に入るまでは、ビアフェスティバルのような光景が少し頭にあった。全く違った。ランナーや家族も帰っていて、直接聞いているのはまばらにいる報道陣とスタッフだけだった。

ディアマンテスのライブを会場で聞いてるのは報道陣とスタッフだけ。リハーサルのようだが、これが本番=5月1日午後5時46分、名護市民会館前

コロナ禍で広がった無観客ライブと同じ要領。ミュージシャンはプロだし慣れてもいるのか、素晴らしい演奏をしていた(「片手に三線を」を聞けてうれしかった)。

だが、聖火ランナーはほぼみんなが初めての経験だ。トーチを掲げ、笑顔で「沿道」に手を振るのだが、その先にあまり人がいない。上空のヘリを見つけて手を振る人もいた。

ネット中継のカメラは周囲の様子をあまり写さない。画面の向こう側の観客には、がらんとした会場の様子が伝わらないだろう。市民会館周辺の箱庭のようなエリアを行ったり来たりしているだけだという実態もイメージが湧かないかもしれない。

■二つの「平和の火」

全体像を見たいと思った。2日目の会場は糸満市の平和祈念公園。コースのすぐそばに立つ沖縄平和祈念堂の許可を得て、塔の上からカメラを構えた。広大なエリアが立ち入り禁止になっていることがよく分かる。ぽつんぽつんと人影がある。

 

他府県で「ランナーより目立っている」と批判されたスポンサー4社の大きな車両は、公道走行がない沖縄島には来なかった。沖縄戦の激戦地で大音量の宣伝をまき散らすようなことがなくて良かった。

豆粒より小さく見えるランナーが「平和の灯」を受け渡していく。海側には、沖縄戦の戦没者ら24万人の名前を刻む平和の礎(いしじ)が扇状に広がっている。

扇の要に当たる位置には「平和の火」がある。スポンサーもネット中継もなく、リレーもされない。沖縄島の南端の地で、これからもともり続ける。

平和祈念公園の「平和の火」=糸満市摩文仁