会議のメモさえないとは信じ難いずさんさだ。復帰50年たとうというのに、現状は公文書の整理もできていない。県は説明責任をどう考えているのか。政治的にセンシティブ(繊細)な問題や、交換取引があったとされる場合には、行政は記録を残したがらない。普天間問題で県の過程の記録がないのは、政府とずさんな交渉をしていたのではないかとさえ疑ってしまう。

我部政明氏(沖縄対外問題研究会代表)

 米国では組織的な記憶を残すため、必要な文書は使い終わったら連邦政府全体で保管する。各省庁が過去を調べる必要が出てきたとき、「紙で話す」ことを可能にする仕組みだ。しかも、時期が来れば政府に都合の悪い文書も公開し、国民が過程を検証できる。沖縄返還交渉時の日米の財政密約を裏付ける文書は、このようなサイクルの中で発見できた。

 県は過去を調べないのか。そうしないと、調査や立案の能力は高まらない。知識や経験を蓄えないことは、行政組織として大きな問題だ。外交という機微に関わる問題を扱う県にとっては、より重要になる。

 有権者の代表の知事や県議会、そして県民も、県に説明責任を求める姿勢が足りない。公文書管理という制度に、民主主義の息吹を入れて機能させるべきだ。(国際政治学、談)

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