[「防人」の肖像 自衛隊沖縄移駐50年](22) 第2部 浸透の境界線 激戦地だった糸満(下)

 小高い松林の丘からは麓まで広がる畑を一望でき、秋には空が見えなくなるほど渡り鳥のサシバが群れ飛んだ。かつて糸満市賀数の「小嶺毛(くんみもー)」と呼ばれた場所のことだ。今は自衛隊の賀数宿舎(7階建て5棟)が並ぶ。

 用地の準備は、隊がやって来る日本復帰の前から始まっていた。間近にある市境を越えた八重瀬町小城に地主30数人の大半がいた。その一人、農家の仲座亀吉さん(83)は、1967年から70年ごろまで親類らに畑を売るよう話して回った。

 「自衛隊が来る」。土地を買い集めていた那覇の不動産業者から聞いた。周りには伝えず、自らの畑の代金以外にもうけもないのに売買を取り次いだ。地元の先行きを憂いていたからだった。山道を歩かないとバスに乗れない。街灯もない。実際に事件まで起きた。「住民が増えれば住みよくなる」と懸命だった。...