[抜け落ちた記録―沖縄公文書](3)

 一歩入るとひんやりした空気が身を包む。気温22度、湿度60%に保つ24時間管理の空調が効いている。南風原町にある県公文書館地下の中間(1号)書庫。県庁から届いた段ボール箱がずらりと並ぶ。県が業務に使った「公文書」だ。

 同館は12の書庫を備え、琉球王国時代の古文書や米国収集資料、琉球政府文書、県の文書など約35万点を所蔵する。設置当初から、「全国屈指」の呼び声が高かった。

 開館は、公文書管理法の施行より16年早い1995年8月1日。当時の大田昌秀知事肝いりの文化施策だ。社会学者だった大田氏は、米国公文書館で文書や写真を発掘し、沖縄戦や米国の沖縄統治を研究した。

 開館日。大田氏は「公文書への歴史的価値の認識は高まっている。史料を収集、保存し、後世に託すことは大きな責務だ」とあいさつした。

 公文書の重要性を熟知していたからこそ、実現した公文書館だった。  

 地方自治体の公文書管理に詳しい東洋大学の早川和宏教授も「貴重な資料を収集する県公文書館の頑張りは素晴らしい」と評価する。ところが、県には「歴史的価値を自覚して文書を作成し、管理ができているのか」と懐疑的だ。...