ハンセン病違憲国家賠償訴訟で、国による患者の強制隔離政策を断罪した熊本地裁判決から11日で20年を迎えた。「私の中ではとっくに判決を下しているという強い思いがあった」。歴史的な司法判断をそう振り返るのは、沖縄出身のハンセン病回復者で作家の伊波敏男さん(78)だ。自らの病歴を公にし、国策の間違いに声を上げ始めて半世紀超。2019年秋に20年近く暮らした長野から居を移した故郷の沖縄で、人権や平和の問題について発信し続ける決意を新たにする。(学芸部・新垣綾子)
 
 手指が大きく変形し、痛みの感覚がない。それがハンセン病による障害と分かったのは、14歳の時だ。本当はもっと前に症状が出ていたが、小児神経炎と誤診されていたという。「なぜ、ここまで放置したのか。沖縄の医療はどうなっているんだ」。本土から派遣された専門医が机を叩き、声を荒らげた姿を覚えている。

フィリピン大医学部レイテ分校の関係者と写真に納まる伊波さん(前列右から2人目)。学生への奨学金として100万円を贈呈した=2017年7月(クリオン虹の基金ホームページより)

「ハンセン病国家賠償訴訟」の勝訴判決に喜ぶ原告団や支援者ら=2001年5月、熊本地裁前

ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で本紙の取材に応じる伊波敏男さん

フィリピン大医学部レイテ分校の関係者と写真に納まる伊波さん(前列右から2人目)。学生への奨学金として100万円を贈呈した=2017年7月(クリオン虹の基金ホームページより) 「ハンセン病国家賠償訴訟」の勝訴判決に喜ぶ原告団や支援者ら=2001年5月、熊本地裁前 ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で本紙の取材に応じる伊波敏男さん

 名護市の沖縄愛楽園で過ごした2年を含め、十数年の療養所生活を送った。早くから病を隠さずに生きようと決意できた理由の一つは、患者たちのための高校があった岡山の長島愛生園に向かう列車の中で、ハンセン病に関する国際会議の報告書を目にしたから。「治る病気であり、隔離収容はいらない」という内容だった。20代半ばで病歴を明かして東京の専門学校へ入学、理解ある友人の存在も力に「ポケットから両手を出した」。

■直面する差別

 さまざまな困難が待ち受けていた。勤務した東京の社会福祉施設では当初、職場仲間に一緒の風呂を避けられ、食器を区別された。1回目の結婚生活では、アパートの隣人たちが退去していく現実を目の当たりにした。

 そして最大の理解者で、1男1女を授かった前妻とは8年で離婚。決定打となったのは、保育園の入所を拒否されるなど攻撃の矛先が子どもたちに向いたことだと思っている。苦しみと葛藤の中で、夫の病気を伏せ、静かに暮らしたいと願った妻との溝は埋まらなかった。

 「家族を守れなかった私自身の闘いに正当性はあったのか」。後から振り返れば、激しい悔恨の念にかられるが、偏見・差別に立ち向かい社会を変えると誓いを立て、顔を上げて歩んできた。職場でも、幹部の支えに励まされながら仲間の理解を引き出し、最終的には運営する法人の要職を務めた。

 だからこそ、国賠訴訟の原告には加わらなかったという。「病気をカミングアウトした時点で国に対して私なりの判決を出したという思いがあり、原告の皆さんの心に寄り添いながら、私は私の方法で啓発活動を頑張っていきたいと考えた」

 現在の妻の古里である長野では19年暮らし、中学校や高校を中心に人権に関する講演を約300回重ねた。原告の全面勝訴によって定められた補償法が、原告にとどまらず療養所に入所経験のある回復者らを対象とすると、受け取った補償金を元に03年、「伊波基金」を創設した。

 使い道はフィリピン大医学部レイテ分校で、地域医療を志す学生への奨学金の給付だ。貧しさから生活費も賄えない学生の窮状を耳にし、脆弱(ぜいじゃく)な医療体制にあった日本復帰前の沖縄で病気の発見が遅れ、重症化した自らの体験がよみがえった。「地域で、質の高い医療を受けられる環境づくりを応援したい」と動いた。

 同基金はその後「クリオンの基金」の名でNPO法人化され、これまでに助産師5人、看護師8人、医師1人を奨学生としてサポートしたという。

■二つの節目に

 今年は熊本地裁判決からの節目であると同時に、患者の強制隔離を定めた「らい予防法」が廃止されて25年となる。「しかしこの間、社会はどう変わったかというと、問題の解消からはほど遠い」

 元患者家族が国を相手にした訴訟で勝ち、19年には家族への補償法も施行されたが、申請は伸び悩む。一度「社会」に出た回復者の一定数の人が高齢になって支援が必要になり、再び療養所に戻ってくる。その背景には、根強い差別を恐れて口をつぐむ本人や家族の苦悩がうかがえる。

 これからは可能な限り沖縄の若者たちに向き合い、直接言葉を届けていく-。そう描きながら、2年前に浦添市内に移住して間もなく直面したのが新型コロナウイルスの感染拡大だ。収束の気配なく自身も外出自粛が続く中、感染者に注がれる偏見の目や、私権制限が可能な法整備への懸念は膨らむ。

 「恐怖や不安に惑わされず、正しい情報を基に社会の分断や排除に対抗する心のワクチンが大切。国民の自由や権利をやすやすと国家権力に明け渡してはいけない」。ハンセン病の歴史から学んだ教訓を、今こそ生かそうと呼び掛ける。