ハンセン病元患者に対する国の隔離政策を違憲と断罪した国家賠償請求訴訟の熊本地裁判決から、きょうで20年になる。

 誤った政策が根付かせた差別や偏見により人間としての尊厳が踏みにじられた歴史に、私たちはこの間どう向き合ってきたのか。

 1907年に始まった強制隔離政策は、96年に「らい予防法」が廃止されるまで約90年間もの長期にわたり続いた。

 40年代以降は薬で治るようになり、60年に世界保健機関(WHO)が外来治療を勧告していたにもかかわらずである。

 家族や古里から引き離された療養所での生活は、結婚しても子どもを持つことが許されず、妊娠中絶や断種が強制された。家族に偏見が及ばないよう偽名を使うことも余儀なくされた。人間らしい生き方ができなかった苦しみは想像を絶する。

 だが、政府は「らい予防法」廃止の遅れを陳謝したものの施策の責任はうやむやにした。そのことへの怒りが国賠訴訟の提訴へ突き動かした。

 熊本地裁判決は旧厚生省の責任に加え、長らく法を廃止しなかった国会の立法不作為も認定した。元患者らの勇気ある訴えが画期的な判決を勝ち取り、当時の小泉純一郎首相の謝罪につながった。

 その後の家族訴訟では、地域から排除されたり就職や結婚で差別を受けたりするなど、元患者と同様に苦しんできた家族への被害も認められたのである。

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 ただ、社会に潜む差別や偏見は依然としてなくならない。内閣府の2017年の世論調査では、回答者の3割近くが元患者や家族への差別的な言動があると答えている。

 元患者の家族に対する補償の申請が伸び悩んでいる現状もその表れだとみられる。手続きがきっかけで周囲に知られるのを恐れているのだ。

 一方で若者らが積極的にハンセン病問題を学ぼうとする動きがある。元患者の高齢化が進む中、県内では、15年に開館した資料館「愛楽園交流会館」が、沖縄のハンセン病の歴史を継承する大きな役割を果たしている。

 会館創設の中心となったのが愛楽園自治会長を長年務め今年3月亡くなった金城雅春さんだ。国賠訴訟で愛楽園原告団長を務め、啓発活動にも精力的に取り組んでいた。

 事実を「知らなければ同じことを繰り返す可能性がある」と指摘した金城さんの言葉を、私たちは重く受け止めなければならない。

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 病気への理解不足が偏見を生むことは、コロナ禍でも明らかになった。感染者や医療従事者らへのバッシングが各地でみられるからだ。

 コロナ対応を強化するため改正感染症法は入院拒否者らに過料が科せるようになった。寄り添うべき患者に対し強権を認めることに、強制隔離の過去が重なる。

 ハンセン病の二つの判決で補償する法律はできたが、差別解消の歩みは道半ばだ。変わるべきは私たちの社会であり、差別と偏見のない社会を実現させる責務が私たちにはある。