沖縄県警に逮捕された前宮古島市長の下地敏彦容疑者は、県庁で部長級の幹部を務め、退職後は県内経済団体のトップに就くなど、行政と経済界それぞれで要職を歴任した。市長就任後の2015年には、県内11市のうち那覇市名護市を除く9市の市長に呼び掛け「沖縄の振興を考える保守系市長の会」(チーム沖縄)を結成し会長に就任。保守系市長の“顔”として、翁長雄志前知事や玉城デニー知事など「オール沖縄」勢力が支える県政と対峙(たいじ)した。

今年1月、任期を終えて職員に感謝し退庁する下地敏彦前市長=22日、宮古島市役所

 下地氏は1968年、琉球政府に採用。県農林水産部次長や県宮古支庁長を務め、2002年に退職した。同年城辺町助役に就任。03年は宮古市町村合併協議会幹事長として、宮古島市の誕生に道筋を付けた。

 06年から県漁業協同組合連合会の会長に就き、燃油価格の高騰に伴う漁業者の窮状を県と県議会に訴え、必要な措置を国に働き掛けるよう求めた。

 宮古島市長としては09年1月に初当選。21年まで3期務めた。スポーツ観光交流拠点施設や市未来創造センター、新総合庁舎を整備した。

 「チーム沖縄」のトップとして、19年には菅義偉官房長官(当時)や自民党沖縄振興調査会の小渕優子会長と面談。沖縄関係予算の拡充を要請するなどした。