ゴールデンウイーク前半、快晴の大分と宮崎に家族旅行に出かけた。1泊目の別府は、熊本地震の際に大きな余震があったものの、ほぼ被害がなかった場所だが、キャンセル続出で宿の大浴場は貸し切り状態に近かった。2001年9月の米国での同時多発テロの後に、テロとは何の関係もない沖縄の客足がすっと引いたことを思い出した。

 皆さんは「地震直後だから無理もない」と思うかもしれないが、何となく心配になることと、本当に心配すべきことがずれているのは、決して良いことではない。今回、九州旅行をキャンセルしたような人に限って、地震の前は「九州は地震が少なくて安心だ」などと言っていたのではないか。

 そんな筆者が本当に心配すべきだと思っている天災の一つに、沖縄東方沖の地震に伴う津波がある。沖縄の方はご存じだと思うが、1771年に先島諸島を襲った明和大津波の際、石垣島では標高85メートルの地点まで水が来たという。文献に残る記録では国内最高だ。

 だから東日本大震災の1カ月前の2011年2月、名護で講演の機会を得た筆者はこう語った。「本島の市はなぜ西海岸沿い、もしくは丘陵地の上にあるのでしょう? 唯一の例外は石川ですが、ここは戦災で破壊された首里から県庁が臨時移転してできた新しい町です。東海岸には何度も津波が来ているからですよね。辺野古に海上滑走路を造るという話は、こうした歴史を無視していませんか」と。

 歴史に学ばないのは日本人のお家芸かもしれない。

 1100年前や400年前にも大津波の来襲した場所である、宮城県の航空自衛隊東松島基地では、東日本大震災の際に28機の戦闘機と、県の防災ヘリが津波に流されてしまった。幸い宮城県を攻めてくる外国はなかったが、もし攻められるのであれば、基地が津波にやられた際に攻められるのが一番のリスクだろう。津波の来る可能性の少しでもある海の上に軍事基地を造るというのは、国防を真剣に考えた末の発想ではない。

 以上は筆者個人の意見を自己責任で書いているわけだが、反論するには「津波の高さは来ても○メートルまでと想定されているので大丈夫」という計算を持ち出すしかない。しかし、それ自体があれこれ前提を置いた想定にすぎないわけで、片やそういう甘い想定に基づきつつ、基地だらけの沖縄に外国があえて侵略してくるという鋭敏な想定に備えるというのだから、話が矛盾している。

 では海兵隊をどこに移せというのかと問われれば、輸送隊のいる佐世保、首相地元の岩国、種子島西方の馬毛島など、筆者にも意見はある。だがそれとは無関係の話として繰り返す。「どんな立場であっても、沖縄と日本の安全を真面目に考える限り、辺野古の海上だけはダメと分かるはずだ」と。

 実際に津波が来る時には、首相も米軍の担当者も替わっているだろう。しかし沖縄県民はそのままここにいるのだ。未来の県民の安全のために、歴史に耐える判断をすべきである。(2016年5月7日付沖縄タイムス総合面から転載)

【藻谷浩介の着眼大局】(1)沖縄の正念場 人口減少、賢く対処を