先の大戦で米軍に占領された沖縄の施政権が日本に返還されてから49年が過ぎた。

 住民基本台帳によると、復帰後世代の人口は県民の約6割に上る。米国統治を知らない人が多数となった今、沖縄戦だけでなく「アメリカ世」の記憶の継承も急ぎ取り組まねばならない課題だ。

 27年間の占領は沖縄社会に今も影を落としている。

 占領期に集積された米軍基地の被害は言うまでもない。1955年の「由美子ちゃん事件」、59年の「宮森小ジェット機墜落事故」など、米軍による事件や事故は現在まで枚挙にいとまがない。

 県経済も同様だ。占領時の軍票「B円」は、基地建設コスト低減のため1B円が3円という極端な「円安B円高」に設定された。その結果、日本の製造業は輸出を通じ急速に復興したが、沖縄では逆に発展を阻まれた。

 復帰直前は約7千人の米軍基地従業員が解雇された。沖縄の失業率が全国と比べ高いのはこの大量解雇がきっかけとされる。基地収入が6%と大幅低下した現在も製造業の割合は全国平均の半分、1人当たり県民所得は最下位だ。

 河野太郎沖縄担当相は復帰49年に関する本紙などとのインタビューで、沖縄の子どもの貧困率が高い原因として10代の妊娠率の高さを挙げた。

 整備の遅れた公的保育なども含め、占領下でいびつにならざるを得なかった沖縄の経済や社会構造を無視した発言だ。当事者にのみ責任を帰するような発言は担当相としてあまりに認識が浅い。もっと実情を学ぶべきだ。

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 沖縄戦当時の不発弾や未使用弾が爆発した48年の「伊江島LCT爆発事故」では、過去最悪の100人以上が亡くなった。不発弾はなお1924トンが地中に残っていると推計され、全てを処理するには今後100年近くかかる見通しだ。

 占領中の62年に起きたキューバ危機の際は、沖縄の基地に向け誤って核ミサイルによる攻撃命令が出され、現場指揮官の判断で発射が回避されたこともあった。

 日本政府によれば現在、国内の米軍基地に核兵器は配備されていないが、米中対立が今後激化すれば、沖縄が再び戦場となったり核戦争の発端となったりする恐れもなしとしない。

 戦争も占領も歴史の中で完結した出来事でなく、沖縄の今と将来を形作る要素だ。当時を知らない県民が多数となったからこそ、私たちは過去を学ぶ必要がある。

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 琉球大学島嶼(とうしょ)地域科学研究所は14日からインターネット上で、我部政明同大名誉教授の収集した、核兵器管理部隊の報告書など米政府の沖縄関連文書2万ページ超の公開を始めた。沖縄市には「コザ騒動」資料を収めたまちかど展示室「ヒストリート」がある。占領当時の資料が以前より手軽に見られるようになった。

 沖縄戦では地上戦に多くの住民が巻き込まれた。上陸と同時に米軍は沖縄を基地の島とする占領行政を進め、現在も過重な基地負担が残る。戦争と長期の軍政は一体として理解しなければならない。