[那覇まち探訪 市制100年の歩](2) 国際通り(下)

 「うちの向かいは自転車屋、その隣は布団屋だった。写真館も結構ありましたよ」。創業94年目、国際通りでは1955年から営業を続ける老舗「大湾洋服店」の2代目店主、大湾宗弘さん(78)は、ショーウインドー越しに店内から通りを眺め、思い返した。

 先代の宗安さん(故人)と共に店に立つようになったのは東京の大学を卒業した66年ごろ。まだ通りに観光客はさほどいなかった。ラジオ屋、げた屋、宝石店、時計屋…。娯楽の中心だった映画館、劇場も多く何でもそろう街だった。

 国頭から島尻、離島も含めて沖縄中から人が集まり、「那覇に行く」と着飾って足を運ぶ先が国際通りだったという。老舗百貨店の山形屋でイベントがあれば長い列ができた。「地方から銀座に行くような気分。憧れの街だったんじゃないかな」。国際通りは那覇のみならず、沖縄随一の目抜き通りだった。

 72年の日本復帰後は、パスポートが不要になった沖縄にたくさんの観光客が訪れるようになった。通りを歩く人が「地元客」から「観光客」に変わり、土産品店が多く軒を連ねるようになった。...