沖縄県の宜野湾市野嵩の荻堂盛雄さん(63)は今年3月に看護師の仕事を退職し、自転車で日本一周を目指し出発。寒さで北海道は断念したものの、55日間で約5670キロを走破し、5月26日に鹿児島からフェリーで那覇港へ戻った。家族や自転車仲間に出迎えられた荻堂さんは「多くの人に助けられ人の優しさを実感した旅だった。今後は恩返しをしていきたい」と笑顔を見せた。(社会部・下里潤)

長年の夢だった自転車旅行を終え、家族や自転車仲間から出迎えられる荻堂盛雄さん(中央)=5月26日、那覇港

 荻堂さんはサイクリストの祭典「ツール・ド・おきなわ」に連続出場し、市民レーサーの甲子園と呼ばれる市民210キロレースで何度も完走を果たす実力者。60歳を超えても衰えを知らない体力から、自転車仲間からは敬意を込めて「レジェンド」と呼ばれている。

 20代の頃、ダイエット目的で自転車を始めた。「退職したら自転車で日本一周したいな」。そう夢見て、仕事も趣味も全力で駆け抜けてきた。60歳の定年退職後は継続雇用で働き続けていたが、職場の移転をきっかけに退職。夢の実現にはコロナ禍の不安もあったが「屋外だし、体力のある今しかない」と決意した。

 4月2日に那覇港からフェリーで鹿児島へ渡り、九州、四国、本州と太平洋側を中心に北上。北海道を一周する予定だったが、予想外の寒さと路面凍結で断念。青森で折り返し、今度は日本海側を南下した。

 当初はサイクリング途中の観光も考えていたが「自転車に乗っている方が楽しい」と路線変更。密を避け、黙々とペダルを踏み続けた。1日で200キロ以上を走る日もあったという。

 山あり谷ありの旅だった。何度も道に迷い、事故に巻き込まれそうなこともあった。そんな時、助けてくれたのは各地の地元の人たちだ。初対面でも丁寧に道案内してくれ、中には一緒に走ってくれる人もいた。SNSで荻堂さんが自転車旅に出ていることを知った全国の自転車愛好家も沿道に駆け付け、エールを送ってくれた。25年ぶりに再会した友人もいたという。

 荻堂さんは「正直、何度も心が折れたが、自転車が人と人との縁をつないでくれた。感謝、本当に感謝です」と旅を振り返る。次なる目標は心残りとなった北海道一周。「しばらくは休養して、と言いたいが、また明日から乗っちゃうんでしょうね」と笑い、那覇港から宜野湾市の自宅まで自転車で駆け抜けていった。